痴話喧嘩



「ささ、もう一杯」
薄っすらと赤らんだ顔の前に、ぐいっと瓶が突き出される。5杯目の酒を勧められた青年は、困ったように眉を寄せた。
「いや、私は…」
「何言ってんですか、誰のための宴会だと思ってるんです?」
「いかにも。ここで飲まなければ王とは認めませんぞ」
「そうですよぉ。飲まない王なんて、王じゃないですって」
「陛下は駄目な王様だって、ピアニィちゃんに告げ口しますよぉー」
「・・・・」
この理不尽な物言いからして、どうやらすでに出来上がりつつあるようだ。
日頃お世話になりっぱなしの年長者たちに囲まれ、リィヤードは降参するしかなかった。
「・・・あと一杯だけですよ」
そうこなくては、と盛り上がる取り巻きを横目に、ため息をつきつつ杯を取った。


 *****


「兄様? 酔ってらっしゃるんですか?」

あやうい足取りで廊下を行くリィヤードを見つけ、ピアニィは声を掛けつつ歩み寄った。
王宮は、このところずっと宴会続きで、毎晩とてもにぎやかだ。国王陛下の婚約祝い――というのは、酒を飲んだり騒いだりするのに大変都合のいい言い訳らしい。
おかげさまで、このお祭り騒ぎの起因である令嬢も、今日のように夜遅くまで王宮に残ることを許されていた。

「・・・ん? んーん、ぜんぜん、酔ってなんかないよー、アニィ」
その、微妙に舌の回っていない、典型的な酔客の返答に、ピアニィは思わず苦笑した。
「やだ、やっぱり酔ってる」
ふらついたリィヤードを、慌てて支える。自然、懐に飛び込むようなかたちになった。そこでふと、リィヤードがピアニィの顔を見下ろす。そのまま黙り込んでいるので、ピアニィは不思議そうにリィヤードの顔を見上げた。
「兄様・・・?」
首を傾げつつ呼びかけると――


 *****


部屋の外から突然悲鳴が聞こえ、酒宴に興じていた人々はわけもわからないまま、とりあえず戸口から首を突き出した。
「ど、どうかなさいましたか?」
誰かが発したその呼びかけに、同時に振り向いたのは、つい先ほど酒席をあとにした今夜の主役たる王と、その婚約者。

「兄様が急に抱きついてくるんです!」
ピアニィが頬を赤らめて訴える。それを聞いて、リィヤードは負けじとピアニィを指さした。
「だって、こんなに可愛いんですよ!」
ピアニィは耳まで赤くして言い返す。
「か、可愛いって言えば何をしても許されるとでもお思いですか!?」
「本当のことを言って何が悪いんだ!」
「そんな、可愛くなんてありませんってば!」
「いいや、可愛いよ!」
冷静に考えなくても、かなり恥ずかしいことを口走っている。しかし、二人とも言い争いに夢中すぎて、ついでに片方は酔っているため、そんなことには気づかない。

場所を考えてください、どこにいたって君の可愛さは変わらない、などと、 不毛なやり取りを続ける 二人の様子を戸口から見ていた人々は、あーとかうーとか言いながら、ノーコメントで次々と首を引っ込める。そして、見なかったことにしよう、という暗黙の了解の下、何事もなかったかのように酒宴を再開した。

「ええっ、ちょっとっ、皆さん助けてくださらないんですか!? って、きゃぁあっ、にいさっ・・」

にぎやかな酒盛りの外で、王の婚約者の声がふつりと途絶えた。









   
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