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破約の代価

※二人の結婚後の話です。


(・・・・疲れた・・)
フォンタデール国王リィヤードは、ふらつく脚を引きずりながら寝室の扉を開けた。
時刻は深夜。すでに日付は替わっている。
このところ仕事が立て込んでいて、あまり休む時間が取れない。
あくびを噛み殺しつつ足を踏み入れて、ふと、人の動く気配に気づく。部屋の奥、ベッドを覆う天蓋から、灯りがもれていた。
ベッドに歩み寄り、そっと天蓋を引くと、温かな光が目の前に広がる。

ベッドの上では、少女が一人、本を読んでいた。
大きな枕に上半身を預け、細い指でページを繰る。
薄絹の夜着をまとった、天使のように愛らしい少女。
こちらの気配に顔を上げ、目が合うと微笑んだ。
「お疲れ様です、陛下」
「ピアニィ。起きていたのか」
リィヤードも笑みを返す。吸い寄せられるように自身もベッドの上に乗り、やんわりと妻から本を取り上げ、顔を寄せて――
唇を白い手でふさがれた。
「ん?」
驚く夫に、ピアニィは怒った声で言った。
「陛下。お約束が違いますよ」
「んん?」
言葉を封じられているため、聞き返すことができない。リィヤードは口を封じる手を取り――思わずその指先に口付けてから、尋ねた。
「何の話?」
ピアニィは眉をしかめつつ、強引に手を取り返した。
「今日のお昼はどうされました?」
「今日の、昼?って・・・・あっ」
顔からちょっと血の気が引いた。そんな夫を見て、ピアニィはわずかに目をすがめた。
「・・・今はじめて気づきましたね」
「いや、今日は、そのっ」
「お忙しいのは知っています。でも、約束は約束でしょう?」
「そんな、アニィ!」
「駄目です」
ピアニィは、むくれたように言い切った。
「三食きちんととる。一食でも欠いたら、私に触れない。そういうお約束でしたね」
「・・・・たしかに」
「今日はその条件に当てはまります。よって、これ以上私に触らないでくださいね。では、おやすみなさい」
「えっ、ちょっと待って、アニィ・・っ」
あっさり横たわるピアニィを、リィヤードは焦って引き止めようとした。しかし、彼の手が肩に触れる寸前、頭を枕に預けたピアニィが上目遣いに言った。

「だめ」

そのいつになく蠱惑的な表情を目にして、リィヤードは中途半端に手を伸ばしたまま固まった。そんな夫を放り出して、ピアニィはさっさと掛け布を引き上げ、まぶたを伏せた。ほどなく、すうすうと穏やかな寝息が聞こえてくる。

「・・・・」
リィヤードは、たとえようもなく惨めな気持ちになって、がっくりとうなだれた。
もちろん、おやすみのキスをさせてもらえないとか、そういう直接的な理由もあるけれど。
それ以上に―――
隣で寝られるのが辛いのだ。
触れるな、と言っておきながら、ピアニィは彼を避けるわけではない。いつもどおり、同じ部屋の同じベッドで眠るのだ。いつもどおりの、薄い衣一枚で。
ベッドはとても広いので、二人の人間が触れないように眠るのは簡単だ・・・そう、物理的には。
リィヤードは、じっと妻の寝顔を眺めた。
繊細なレース編みを連想させる睫毛や、花びらのような唇、小さくとがったあご、ほっそりした首元、柔らかな巻き毛、それから、それから・・・

(・・・・・・・・・・せめて、他の部屋で寝てくれないかな・・・っ)
寝室に入ってきたときの三倍くらいの重さで、疲れが圧し掛かってくる。そう、今やリィヤードは、疲労の限界に達していた。
それでも彼は、眠れぬ夜をすごすのだ。
健やかに眠る、魅惑的な少女の傍らで。










   
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