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トリックスター襲来



「たたたたたっ・・」

その知らせを最初に持ってきたのは、財政大臣のココット子爵だった。小柄で丸々とした体を転がすように駆けて行く。
ちなみに、冒頭のセリフは彼が発したものである。もちろん続きがあるのだが、彼がそれを口にできたのは、王の執務室に駆け込んだ2分後だった。なぜなら、あまりの衝撃と動悸と息切れで、呼吸困難に陥っていたからだ。

どうにか症状がおさまると、ココット子爵は大きな声で叫んだ。
「大変です!!」
「ええ、そうでしょうとも。全身全霊で表現していただき恐れ入ります」
王佐がものすごく冷静な突っ込みを入れた。
が、子爵にはそれを耳に入れる余裕すらないようだ。興奮したようにまくし立てる。
「本当に本気で大変なんです!これは一大事ですとも、ええ!!」
「少し落ち着いてください、ココット子爵」
言いながら王は、子爵のあまりの慌てぶりに、思わず苦笑してしまう。彼は自分より20も年上なのに。
しかし、すぐに人のことは言えなくなった。

「ザフィル様がっ・・・前王陛下がいらっしゃいます!!!」

「は・・・・ななな何だって!!?ほ、本当に本当なのかそれは!?」
「本当も本当にございます!!」
「大変だ!!今すぐ運搬屋を呼べ!」
「はいっ!食料は3日分でよろしいですか?!」
「む、いや、一週間は見積もっておいた方がいいだろう!」
「承知しました!!」
年の差はあれど、なかなか息の合った二人である。

「お二人とも、少し冷静に」
わずかに顔をしかめながら、王佐は二人の慌て者を止めにかかった。
「どこへ行くおつもりですか」
「どこへでも!ここでなければどこへでも!」
完全に冷静さを失っている主を前に、シリスは深々とため息をついた。
「逃亡など、国の主たる方のなさることではありません」
「正当防衛だ!」
「仮にそうだとしてもですね。だいたい、ザフィル様がきちんと来訪の予告をしたとでも思っていらっしゃるんですか?」
王も子爵も、ぴたっと動きを止めた。顔がみるみる蒼ざめる。
「おそらく、連絡が入ってから半日以内に入城なさると思いますが」
前王の性格をかんがみれば、それは妥当な予測だった。かの人が、人の都合を考えて数日前に来訪の連絡をいれるとは考えがたい。むしろ、入城前に情報が入ったのは運がいいと言える。


「その通りだ、シリス」
「!?」
三人がぎょっとして戸口を見ると、開いた扉の 横に、壁に背を預けるようにして前王陛下が立っていた。入ってきた気配には、誰も気づかなかった。
「へ、陛 下!」
「父上、いつの間に…」
三人がそろって驚愕に目を見開いているところ に、千客万来。

「陛下!」
開いていた扉から、勢いよくピアニィが飛び込んでき た。
「さっきそこで、おじ…いえ、前王陛下がご来城になるという話を聞」
「お お、久しぶりだな、ピアニィちゃん!ちょっとばかし目を離した隙に、おっきくなった なぁ!」
「きゃあっ!」
戸口からまっすぐリィヤードのもとへと歩きかけたピア ニィは、死角からのびてきた腕に捕らえられた。それを見て、リィヤードの頭にカッと血 が上る。
「父上!突然ご婦人に抱きつくなんて失礼ですよ! もうアニィは子どもじゃないんですから!」
「わしにとっては娘みたいなもんだ」
「そういう問題ではなく!」
「だいたい、おまえにそんなこと言う資格はなかろ うて。ピアニィちゃん は、おまえのものでも何でもないんだからなあ」
ピアニィを抱きすくめたまま、意地 悪そうに口の端をつり上げる。リィヤードは、悔しそうに歯噛みした。

そんな息子から腕の中で固まる少女へと視線を移し、前王はその笑みを優しくした。
「それにしても、美人になったなぁ。ミルレネさんにそっくりだ」
ミルレネとは、ピアニィの母親のことで、彼女が物心つく前に他界している。それゆえピアニィは、母親のことはよく知らない。
「そうですか?」
ピアニィは小さく首をかしげた。前王は、うんうんと頷いた。
「そういう仕草も良く似ておる。実に可愛らしい人だった。
ああ、若き日の失恋の痛みが胸に甦る・・・」
「・・・父上、ミルレネさんのことが好きだったんですか。しかも、ふられたんですね・・・」
はじめて知る父親の過去に、リィヤードは苦いものを感じた。自分の女性の好みは、どうやら父譲りらしい。 恋の結末まで似ないことを、祈らずにはいられない。

が、祈っている場合ではなかった。
「どうだ、ピアニィちゃん。わしの恋人にならんか。なに、ほんの数年辛抱すれば、あとは遺産を使って優雅に暮らせるぞ」
息子が考えごとをしている隙に、とんでもない取引を持ちかけている。
「駄目です! 絶対駄目!! だいたい、貴方があと数年で はかなくなるとは考えられません! きっと半世紀経ってもピンピンしているに違いありませんっ!」
リィヤードは、力ずくでピアニィを父から引き離すと、守るように抱き寄せた。顔は威嚇するように父に向けている。そのせいで彼は、腕の中で頬を染める幼馴染の可愛らしい表情を見逃した。

「あの、ちょっとよろしいでしょうか、両陛下」
シリスの挙手が、親子の不毛なやり取りを遮った。
「ザフィル陛下、今回は如何様なご用向きで王宮へいらしたのです?」
その質問に、やっと本来の目的を思い出したらしい。前王は、シリスに向きなおった。
「別に、息子の機嫌伺に来たわけではないぞ。それに、ピアニィちゃんに愛人契約を申し込みに来たわけでも・・・いや、これは用事に加えてもいいがな」
ちらりと息子を見やる。本当に、息子をからかうのが好きな父親だ。
「冗談は無用です、陛下」
混ぜ返される前に、王佐が釘をさす。前王は、つまらなそうに先を続けた。
「そもそも、王宮自体に用はない。王都に用があって来たのだ」
「王都に?」
ココット子爵が不思議そうに問い返す。
「うむ。先頃、王都の東地区に、氷菓子の店ができたとか」
「ええ、『氷の果実』ですね」
ピアニィが頷く。『氷の果実』は、先日彼女がリィヤードのために氷菓子を求めた店だ。
「それだそれだ。そこの菓子を食べてみたくてな、来たんだ」
「はぁ?」
リィヤードは、思わず間の抜けた声を上げた。他の面々もぽかんとしている。
無理もない。菓子を食べるために、片道4日はかかる道のりを、はるばるやって来たというのだから。

リィヤードの父・ザフィルは、王位を退いた後、西方の片田舎に居を構えた。そこで農業の真似事をしながら、のんびりと生活しているのである。
そんな彼が突然上京するというから、一体何事かと思ったら、なんと。
氷菓子が目当てだったとは!

現王も王佐も財政大臣も公爵令嬢も、そろって脱力した。












   
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