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料理人見習いの悲劇



少年は、滂沱の涙を流していた。
彼の肩に、慰めるように手がかけられる。少年は、その手の主を見上げた。自分より背の高い、落ち着いた物腰の青年が口を開く。
「大丈夫ですか、ククルート」
対する少年は、落ち着くどころかさらに取り乱してぼろぼろと泣き出した。嗚咽の合間に、涙の理由を訴える。
「あ、あんまりです・・っ・・・今日は、今日こそは、陛下に食べていただけるとっ、思ったのに・・・!」
涙のせいで、それ以上続けることはできなかった。
そのしゃくり上げる背中をさすりつつ、青年は優しく語りかけた。
「人生、悪いことがあれば良いこともあります。さあ、あなたもいただいてきなさい。なかなか珍しいものですから、勉強になるでしょう」
その言葉に、少年はようやく伏せていた顔を上げる。
「そう、ですね・・・行ってきます」
手の甲で涙をぐいとぬぐい、少年は人の集まっている方へと駆けて行った。



少年――ククルートを悲劇に陥れたのは、スレート公爵令嬢であった。

王を昼食に誘う際に彼女が言っていた「とっておき」とは、氷菓子のことだった。
夏場でも比較的過ごしやすいフォンタデール国には、そもそも氷菓子というものは存在しなかった。数年前に他国から伝わってきて、最近やっと知られるようになったのである。当然、これを作れる者は少ない。
そんな希少な食べ物を扱う専門店が、最近王都に開店したのだ。
この目新しい情報を、かの令嬢は見逃さなかった。幼馴染に食べさせようと、早速入手してきたのである。

しかし、この思いがけないデザートが、ククルート少年を不幸のどん底に叩き落した。
なぜなら、彼は料理人見習いで。
自分の作ったものを陛下に召し上がっていただこうと張り切っていたのだが。
なんと今日にかぎってデザートの担当だったのである。

昼食にデザート2種はちょっと重い。
というわけで、料理人見習いの作ったデザートは、王の目に触れることすらかなわなかった。
これを悲劇と呼ばずにいられようか・・・。



しかも。しかもである。
王は、そんな料理人見習いの様子にまったく気がついていなかった。
ピアニィが自分のために持ってきた菓子に夢中だったのである。いや、正確には、持ってきた人物の方に。
「これは美味しいものだね。冷たくて、甘い」
そういう彼の声こそ、甘い。氷菓子を溶かしそうなほどの熱が感じられる。
「そうでしょう? あ、兄様、このソースをかけてみて」
ピアニィの細い指が、柄の長いスプーンを使ってとろりと琥珀の液体をかけた。リィヤードは、一瞬その動作に見惚れる。
「どうぞ、兄様」
「あ、うん」
促され、慌ててそれを口に運ぶ。
「うん、これはこれでなかなかだね。何のソースかな?」
「砂糖を煮詰めて、刻んだ木の実を加えたものなんですって」
「へえ。もう少しもらえる?」
「ええ、もちろん。・・・あっ、ごめんなさい!」
ピアニィの手元が狂い、ソースをこぼれた。王の上衣にわずかな染みができる。
「ああ、いいよアニィ、じっとしてて」
ソースのかかったピアニィの手をとり、指先をナプキンでそっとぬぐう。ピアニィは、触れ合う指先を見つめながら、ほんのりと頬を赤らめた。


隣同士に腰掛けた王と令嬢は、自分たちだけの世界に入っていた。
いつもならそんな二人にあてられっぱなしの周りの人々も、今日ばかりは新しい菓子に夢中で、食べたり批評したりと忙しく過ごしている。


結果、料理人見習いの嘆きに気付いたのは、人々から離れた位置にたたずんでいる、王佐の青年ただ一人であった。

自作のデザートを王に食してもらえないばかりか、周りの人間にすら慰めてもらえないとは・・・
ククルートの悲しみを思い、シリスは心から同情していた。
ピアニィは、王の分だけでなく、官員や侍女らの分まで氷菓を用意してきた。
もちろん、妹は善意でそうしたのだから、責めるわけにもいかないが。
返す返すも、料理人見習いが哀れだった。


しかしこの後、氷菓の悲劇に見舞われるのが、料理人見習いだけではなかったことが判明する。









   
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