誤解の真相



サイラスが王宮を立ったのは、昼食の席で帰国を告げた三日後のことだった。
来たときより人数が少ないのは、全員が帰国するわけではないからだ。今回の帰国はあくまで一時的なものであり、また、王子の私的な事情で決められたことでもあった。フォンタデールに残る者は、当初の予定通り滞在を続けることになっている。

「では、道中お気をつけて」
「はい、ありがとうございます。式典までには必ずまた参りますので」
リィヤードに礼をとると、サイラスは身軽に馬にまたがった。帰りは、もと来た道を逆戻りすることになる。

リィヤードがサイル将軍に目で問いかけると、将軍は胸に手を当てて頭を垂れた。彼はフォンタデールを抜けるまでの案内役を任されたのだ。

馬上の人となった隣国の王子は、気軽な調子で暇を告げた。
「それでは、また」
「ええ、お待ちしております」
リィヤードもまた、気軽な調子で返した。なにしろサイラスは、一月もしないうちに再びフォンタデールの土を踏むことになるのだから。
リィヤードの横に、彼の幼馴染――今は婚約者となった少女が、一歩進み出て並ぶ。
「今度いらしたときには、もっと花の話を聞かせてくださいね」
「喜んで」
サイラスはピアニィに向かって爽やかに微笑むと、馬首を返した。そのまま真っ直ぐ門をくぐり、数名の同行者とともに、すぐに見えなくなった。



「・・・アニィ」
「何ですか?」
王子一行が視界から消えたところで、リィヤードがおもむろに口を開いた。呼ばれたピアニィは、隣に立つ幼馴染を見上げる。
彼は視線を前に向けたまま、心なし硬い声で言った。
「花の話って、一体何のこと?」
「え? ああ、さっきの話ですか? サイラス殿下と、何度かそういう話をしたものですから。殿下って、とっても花にお詳しいんですよ。開花の日まで当ててしまわれましたしね」
「ああ、そういえば・・・」
オーベルジーヌから来た王子一行と合流し、フォンタデールの王宮へと向かう道中で、サイラスからそういった話を聞いたことを、リィヤードは思い出した。
しかし。
「・・・・開花の日?」
婚約者が口にした心当たりのない言葉に、思わず隣の彼女を見返す。視線が合うと、 ピアニィは目のふちを赤らめた。
「あの・・・あの花の、咲く日です」
その様子から、彼女の言わんとする花を察し、リィヤードは軽く目を見開いた。
「あの朝に咲いた花?」
「はい」
小さくうなずいたきり、ピアニィはうつむいてしまった。サイラスに恋愛相談なぞしていたことを思い出し、今更ながら自分の大胆さに気付き恥ずかしくなったのである。

「なんだ、そんな話をしていたのか・・・」
一方、サイラスとピアニィの密会に気をもんでいたリィヤードは、それがとんだ勘違いだと知り、大きく安堵の息をついた。楽しそうな二人の様子から艶っぽい会話を想像してしまったけれど、聞いてみれば何のことはない、世間話のような内容だったのだ。

しかし。
「・・・・妹のような女性がどうのっていうのは、何?」
たしか、そういう発言があったからこそ、リィヤードは二人の関係を誤解したのである。あれは明らかに艶っぽい部類の話だったように思うが・・・。

リィヤードの質問に飛び上がったのはピアニィである。
「きゃっ! ど、どうして知ってるんですか!?」
耳まで真っ赤に染めた婚約者に、リィヤードは面食らった。
「いや、ごめん、たまたま耳に入って・・・ちょうど通りかかったんだ」
それで気になって、と弁解するリィヤードに、ピアニィは少々取り乱した様子のまま打ち明けた。
「だって、きっと兄様に妹みたいに思われてると思って、だから殿下に・・」
声は尻すぼみになり、目線は落ちていった。そんな婚約者の様子を見て、リィヤードは心の底から幸せな気持ちが湧き広がるのを感じた。
「君が妹じゃなくてよかった」
リィヤードに腰を抱き寄せられ、ピアニィは素直に身を預けた。


しばらく経った後、ピアニィが柔らかな声で言った。
「サイラス殿下が来てくださって、本当によかったですね」
「ん、ああ・・・」
彼に与えられた数々の誤解と苦悩とを考慮に入れると、素直にうなずけないリィヤードであった。もちろん、サイラスが悪いわけではないと、頭では理解していたけれど。









   
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