終わらない祝祭



「あの・・これ、胸元が開きすぎていませんか?」
「ほら、動いたら駄目よ!」
鋭く注意の声が飛び、ピアニィは肩をすくめた。しぶしぶ抗議の声を引っ込める。
彼女の周りでは、十人余りの女性たちがああでもないこうでもないと議論を繰り広げている。議題は、王の婚約式で、婚約者たる令嬢がまとう衣装について。どの女性も一家言あるらしく、話し合いは過熱するばかりだ。しかしながら、着る本人の意見はかなりなおざりにされている。
ピアニィは、鏡の中の自分に向かってため息をついた。直立した姿勢のせいもあり、少々疲れてきた。仮縫いの段階に至って――つまり、デザインも色もすでに決まっている状態にも関わらず、まだ言い足りないことがあるのだろうか。
おそろしいことに、婚約式が終わったとしても、その後に婚礼が待っているのだ。そのための衣装を作る際には、もっと時間がかかるだろう。
今後の心労を思い、王の婚約者が密かにもう一度ため息をついた、そのとき。


「ドレスは出来た?」

ふいに戸口からかけられた声に、ピアニィは振り向く。途端に縫い子から注意が飛ぶが、こればかりはどうしようもない。振り向かずとも声の主は分かっていたけれど、やはり姿が見たいのだから。
「陛下」
ピアニィが柔らかく微笑むと、途端に周りの女性たちは静かになった。突然の訪問客の正体をさとったから、ということもあったが――何より、この少女が急に大人びて見え、それと比較して大騒ぎしていた我が身が恥ずかしくなったからである。

「まだしばらくかかりそうです。なにしろ、はじめてのことですから」
ピアニィがすましてそう言うと、リィヤードはくすくす笑って応じた。
「そう。はじめてなら仕方ないな」

そこでふと、ピアニィの衣装に目をやったリィヤードは、笑いをおさめた。
「・・・・・そのドレス、ちょっと胸元が開きすぎじゃないかな?」
どうにも、独占欲の見え隠れする科白である。しかし、婚約者の少女がそこまで気付くはずもない。

まったく同意見だとばかりにうなずいて、ピアニィは口を開きかけたが――
「殿方が口出しすることではありません!」
すかさず横から縫い子の女性が声を上げた。すると、それに勢いづいたのか、他の女性たちも次々に言い募る。
「そうですわ! わたくしどもが長い長い時間をかけて練りに練ったデザインですのよ!」
「ピアニィ様に似合うよう、特別な工夫をこらしているんですから!」
「見てください、このなめらかな肌! ミルクのように白い胸元! これを見せずに何を見せるというんですか!」
「こんなに楽し・・・いえ、大変な作業に従事してきた私たちの努力をもっと評価してくださってもよろしいはずです!」
「まったく、これだから殿方というものは!」
「女性から楽しみを取り上げるものではありませんわ!」
自分たちの趣味でことを進めているのがばればれである。しかし、それを指摘したところで引き下がるような彼女らではないだろう。


胸元は気になるが、まあ、確かに似合っているし、可愛いからいいか。
と、リィヤードが苦笑を漏らしていると、戸口の外にわらわらと書類を手にした人々が集まってきた。

「そうですよ! ドレスのことはご婦人方に任せておけばいいんです!」
「ほらっ、陛下は仕事仕事! 式典まで日がないんですから!」
官員らに追い立てられ、リィヤードはしまった、という顔をした。仕事熱心な彼には珍しい光景だ。きっと良い傾向だろう。無理をして体を壊すくらいなら、サボって怒られる方が、見ている側としてはずっといい。
いつか私のわがままも必要なくなりますように。と、ピアニィは心の中でそっと祈った。

すぐ来てくださいね、と念を押す官員らを見送って、リィヤードは疲労の浮かぶ顔で微笑んだ。
「じゃあ、アニィ。準備で色々忙しいと思うけど、無理はしないで」
ピアニィも、やや疲れた様子ながら、にっこりと笑み返す。
「大丈夫です。たしかにちょっと大変ですけど、それ以上にわくわくするんです」
綺麗なドレスも着られますし、と、嬉しそうにドレスのスカートをつまむ。
「こんなに楽しいなら、3回くらいやってもいいです」
ピアニィが明るく言うと、リィヤードは顔色を変えた。
「あの、ね、アニィ。婚約式は、婚約した人がやるものだよ」
「? ええ、知ってますよ」
「だから・・・つまり・・・」
口ごもったリィヤードだが、何とか先を続けた。
「君がまた婚約式をやるには、今の婚約を解消しなくちゃならないわけで・・・・」
だんだん弱々しくなる声を、ピアニィの笑い声がさえぎった。
「おかしな兄様。本当に何回もやろうなんて思っているはずないでしょう?」
くすくすと笑い続ける婚約者を見て、彼女の発言が冗談だったのだとリィヤードは気付く。当然気付くべきだったのだ。それを真に受けてしまう自分は、こと彼女に関してはまったく余裕がない。
「あ、ああ、そうだよね・・・」

あはは、というリィヤードの空笑いを押しやるように、女性陣の一人が口をはさんだ。
「素晴らしいですわ、お嬢様! 名案です!」
「え? あの、ええと、何が?」
突然両手を握り締めてきた年配の縫い子に、ピアニィはたじろぎつつ尋ねた。
「一度と言わず、二度三度とやりましょう!」
「え、ええっ!?」
どうやら、先ほどのピアニィの発言を聞いていたらしい。ちょっとした物の例えだったのに、本気にされては困る。
「あの、でも、婚約式は一度で充分ですから・・・」
「まあ素敵! では、次は真珠色のドレスにいたしましょう!」
「あら、それより、若草色がいいですわ!」
「では、それは三度目のときにしましょうか」
「そうね。前夜祭と後夜祭、それに、後日祭もやるべきだわ」
「じゃあ、それぞれテーマを決めて・・・」
ピアニィの断りの言葉は、その他の女性たちによってたちまち聞こえなくなる。

複数回の催しを前提として始まった話し合いを、リィヤードは慌てて制止した。
「待ってください! そんなに行事を増やしたら、大変な費用がかかりますよ!」
国王だからといって、そんな浪費は許されない。反論のしようがない正論であるはずなのに、仕立て屋らしき女性がすかさず挙手して言った。
「衣装はわたくしどもにお任せください! 陛下と未来の妃殿下にお召しいただければ、最高の宣伝になりますわ!」
「あっ、でしたら、料理は私の実家の料理店に是非!」
「わたくしの夫は焼き菓子専門店を営んでおりまして・・・」
どんどん出資者が立候補してくる。・・・これでは、国費の無駄遣いを言い訳にできない!

なぜこんなことに。だいたい、これでは在位一周年記念式典と婚約式とを一度にまとめて行う意味がないではないか。
と、リィヤードは思ったが、直後に何となく納得できる理由が思い浮かんだ。きっと皆、準備をしている内に、一度では物足りなくなったのだ。リィヤードが王位に就く前からこの王宮に勤めている人々は、そのほとんどが祭り好きなのだから――ある人物の影響で。

「おお、楽しそうだのう」
そこへ、噂をすれば影というべきか、それとも単に祭りの気配をかぎつけたのか、一番来て欲しくない人物が参戦してくる。これでもう、リィヤードの力では止められない。
「・・父上・・・」
「ただで騒げる機会なんて、めったにないぞ。こりゃあ張り切らんわけにはいかんな」
何の準備に向かうのか、いそいそと廊下を引き返す父親に、かける言葉も見つからない。なんというタイミングの悪さで通りかかってくれたのだろう。

「大丈夫ですか? 兄様」
いつの間にかすぐ側まで来ていたピアニィに、顔をのぞきこまる。リィヤードは申し訳なさそうに彼女の頬に手を当てた。
「ごめんね、アニィ。もっと忙しくなりそうだ」
「いいえ。私が言い出したことですもの。せっかくですから、たくさんお祝いしてもらいましょう?」
頬に触れる手に自らの手を重ね、ピアニィは上目遣いに微笑んだ。その愛らしさに、一瞬周囲の存在を忘れる。

うっかり顔を近づけようとしたリィヤードを止めたのは、部屋の奥から飛んできた声だった。
「ピアニィちゃん! 仮縫いの日取りを決めるから、空いてる日を教えてちょうだい!」
「・・はい、今行きます」
ちらっと婚約者に視線を送ると、ピアニィはそっと手を離して踵を返した。
苦笑しながらも嬉しそうな婚約者の後ろ姿を見送って、リィヤードは一人、ため息をつく。そして、仕方なさそうに力なく微笑みながら、書類処理の仕事に戻るべく部屋をあとにした。

国王陛下が恋しい彼女を独占できる日は、まだまだ遠そうだ。






fin.







   
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