祝福のバラ



ライリーアは、呆然と立ち尽くしていた。


彼がその両腕に抱えているのは――あふれんばかりの大輪のバラ。
しかし、この派手な手荷物も、現在のフォンタデール城内では少しも人目を引かなかった。

緋の垂れ幕に、金の縁飾り。幅広のレース、束にして結われたリボン。連なった紋章旗、織りの細かい壁掛け。
そして――どこを向いても、花、花、花。
城中いたるところに、つみたてのみずみずしい花がたっぷりと生けられている。
生花だけでなく、造花もあちらこちらに見られた。


指示を飛ばす声、人を捜す声、掛け声、歌声、笑い声。

華やかなカーニバルに埋もれ、ライリーアはただただ立ち尽くしていた。


「ライリーア!」
後ろから名を呼ばれ、ライリーアは振り向いた。
「サイラス・・・」
声の主は、サイラスだった。つかつかと歩み寄ると、強い口調で問う。
「一体どこへ行っていたんだ!? たしかに外出の許可は出したが、外泊するとは聞いていないぞ!」
「花屋に、行っていた」
「はなっ・・・」
サイラスが絶句したすきに、ライリーアは尋ねた。
「そんなことより、これは一体何事だ? 何かの祭りなのか?」
ぐるりと周りを眺め回す。そんなライリーアを見て、サイラスはいぶかしげに答えた。
「お前、まさか知らないのか? リィヤード陛下が婚約されたんだぞ」
「はあ!? 本当か?」
ライリーアは、急な話に目を丸くした。サイラスは、呆れたように付け足す。
「ちなみに、相手はピアニィ嬢だよ」
「っ!?」
驚きのあまり、抱えた花束が腕をすり抜けた。気づいたサイラスが、慌ててそれを受け止める。
「本当に、全然知らなかったんだな」
口をぱくぱくさせるライリーアを見て、サイラスはため息をついた。にわかにライリーアが気の毒になる。こんなに衝撃を受けるなんて。
「いやっ、しかし、ありえないだろ・・・」
「でも、事実なんだ」
「そんな・・・」

ライリーアは、呆然とつぶやいた。


「フォンタデールでは、近親婚が認められていたのか・・・」


「・・・・は?」
「そうか、他の男ならともかく、実の兄には敵わないかもな・・・仕方ない」
うんうん、と納得したようにうなずくライリーア。どうやら、ピアニィへの想いに踏ん切りをつけることはできそうだが――
「えっ、ちょっと待て! そこなのか、お前が驚いたのは!?」
サイラスは仰天した。ライリーアは未だリィヤードとピアニィが兄妹だと思っているのだ。そんな勘違いには、とっくに気づいたものだと――サイラスは勘違いしていた。
「いや、違うんだ、ライリーアっ」


「――サイラス殿下?」
焦って説明しようとするサイラスを、少女の声がさえぎった。
廊下の向こうから、王の婚約者がやって来る。
「ピアニィ嬢・・」
「お会いできてよかったわ。殿下にはぜひお礼を言っておきたくて」
サイラスを見上げてはにかむ顔は、幸せそうに輝いている。
「婚約のことは、もうご存知でしょうけど・・・殿下が味方してくださったおかげです。本当にありがとうございました」
「あ・・・いえ・・・」
サイラスは、反応に困り口ごもった。ライリーアの手前、少し気まずい。

そのとき突然、ライリーアが前に出た。サイラスの手から花束を取り上げる。
優雅な動きでひざまずくと、ピアニィにそれを差し出した。
「美しいあなたに、祝福を」
ピアニィは驚いたようだったが、すぐ笑顔になった。少し腰をかがめて受け取り、丁寧に抱え上げる。
「まあ、こんなにたくさんのバラを? 綺麗ですね。ありがとうございます。ええと・・・」
ライリーアを見て、にっこりと笑む。


「お名前をうかがってもよろしいですか?」


はじめて向けられた笑顔は、眩しいくらいに美しかった。









   
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