徹夜の成果



リィヤードは、諦め切れなかった。

当然、婚約のことを知っているのは、昨日の会合に出席していた者だけのはずだ。もしくは、出席者に話を聞いた者か――
いずれにせよ、一部の人間に限られる。絶対に、まだ知らない者の方が多いに違いない。

半ば意地になって、リィヤードは王宮の廊下をずんずんと早足で進んでいた。目指すは食堂だ。
「無駄だと思いますよ」
呆れたように言いながら、シリスもまた早足でリィヤードについてくる。
「いや、昨日の会合には、外務関係の官員しか出席していなかったはずだ。まだ、料理人や給仕や庭師や軍の者たちは知らないに違いない!」
後ろに付き従う王佐には目もくれず、リィヤードは強く言い切った。その口調はむしろ、自らに言い聞かせるかのようだ。


そうこうしているうちに、二人は食堂にたどり着いた。
リィヤードはさっそく、両開きの扉を開けようと取っ手に手をかけ――瞬間、扉が勝手に開いた。
「――え?」
内開きの扉の動きにつられて、取っ手にかけた手がひっぱられ、室内にひきずりこまれる。
何とかふみとどまり、転倒をまぬがれたリィヤードが、顔を上げると――


「「「リィヤード陛下、ご婚約おめでとうございまーす!!」」」

パンパンパン、というにぎやかな破裂音と同時に、七色の紙片とリボンが視界を埋め尽くす。
「・・は・・・・?」
一瞬、自分の身に何が起きたか分からなかった。



呆然とするリィヤードを見て、いたずらの成功を知った料理人や給仕係がわっと歓声を上げる。
「おめでとうございます!」
「やった大成功!」
「あー徹夜の甲斐があったわー」
「よかったですねぇ、陛下、断られなくて! ピアニィお嬢さまに振られたら、一生ご結婚は無理だったと思いますよ、正直なところ」
「こらっ、思っていても言ってはいけないこともあるんだぞ。おまえが言ってしまったら、みんなが黙っていた意味がなくなるではないか!」
「そうよ、あたしだって、ちゃあんと我慢してたんだから」
「努力が水の泡じゃねえか、このバカ」
「あの、私は信じてましたよ、陛下」
「でもやっぱ、ふられたら一生立ち直れなかったんじゃないすかね」
「同感です」
「まあ、過ぎたことは忘れましょうよ」

頭上から容赦なく降り注がれた大量の紙吹雪にまみれ、四方八方から飛ばされた長いリボンに絡みつかれながら、リィヤードはしばしその場に立ち尽くした。
なんとなく、聞き覚えのある会話だ。
と、皆の話を聞きながらぼんやりと考えていたら、次第に視界が晴れてきた。しかし、周りがよく見えるようになったことで、リィヤードはますます混乱した。
ここはどこだ。こんな部屋、王宮にあっただろうか――こんな、壁面も窓辺も卓上も、徹底的に花飾りで埋め尽くされた、派手派手しい部屋が。

必死で頭を働かせ、現状の把握に努める。そうして、ようやく思い当たった。唇を震わせ、恐る恐る口を開く。
「ま、まさか、ここの者たちも皆知って・・・」

「ははははは、驚いたか」
「ち、父上!」
頭から垂れ下がったリボンのせいで死角になっていた左前方から、突然顔をのぞきこまれた。びっくりして思わず半歩引くと、ザフィルはからから笑いながら距離をとった。
一体全体、父がなぜここにいるのか。
そこでリィヤードは、はっと気がつく。
「ああっ! さてはあなたですね、ばらしたのは!」
「はぁて、なんのことかなー?」
わざとらしく首をかしげながら、その目は思い切り楽しそうににやにやしていた。あきらかに、しらばっくれている。
確信を深めた息子は、父親に食ってかかった。
「婚約のことですよ! まったく、父親だからといって、不用意に言いふらすなんて・・・っ!」
「まさか。濡れ衣だ」
疑いをかけられた当人は、目を真ん丸にして大袈裟に肩をすくめてみせた。白々しいだけでなく、余裕綽々なのがかんにさわる――まるで、自分は全然関係ありません、といった態度だ。
「とぼけても無駄ですよ」
頭にひっかかったリボンを払いつつ、リィヤードは容疑者に詰め寄った。しかし、相手はまったく余裕を崩さず――あろうことか、堂々と身の潔白をあかした。
「とぼけるなんてとんでもない。第一、婚約の報告など、わしは一切受けておらんぞ」
「あ・・・」
そうだった。
ザフィルにはまだ伝えていないのだ。というか、伝えねばならないこと自体すっかり忘れていた。
それに、よく考えると、昨日の会合の場に彼は居合わせなかったではないか。
「え、でも、じゃあ、誰が・・・」

「だから申し上げたでしょう。ばれている、と」
背後からため息まじりの声が聞こえた。振り返ると、後から部屋に入ってきた王佐が、呆れたようにこちらを見ていた。
これにはリィヤードも反論できず、がっくりと肩を落とした。
「まさか、本当にここまで広く知れ渡っているとは・・・すさまじい情報網だな」
「いえ、ですから、情報網というか・・」
そう言いかけた王佐は、途中で言葉をため息にかえた。もう訂正するのも面倒だ。
誰か一人が気づいて他の人々に広めたのではなく、誰もが皆気づいて噂しあっていたのである。あれほどあからさまな言動を見せつけられれば、誰だって気づくに決まっている。

「ま、これでわかったろう」
ぽん、と息子の肩を叩き、ザフィルは涼しい顔で言った。
「お前が思っている以上に、こいつらは余計な仕事が大好きなんだよ。頼まれもしない派手な演出を、徹夜でやってのけるくらいにな。だからまあ、せいぜい用事を押し付けてやれ。その方が、やりがいがあっていいってもんだ。というかな」
非常に彼らしい、からかうような、楽しそうな口調で、にやりと口の端を上げた。
「楽しみを独り占めするなんて、王失格だぞ?」
言葉の真意を悟って、リィヤードは目を見開いた。
「はい。・・・そのお言葉、肝に銘じます」

神妙に頭を下げる息子を見やり、ザフィルは満足そうにうなずいた。それから、余計な一言を付け足す。
「ただし、閨に入り浸って政務を疎かにはせんように」
「いや、あの・・・・・・はい」
なすすべもなくやり込められ、リィヤードは赤くなってうなずいた。
それを見て、してやったりとばかりに、ザフィルは再びからからと声を上げて笑った。









   
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