陛下を取り巻く人々の特技



「―――実は、皆に重大な報告がある。今朝集まってもらったのは、そのためだ」


議事室に会した官員らを前に、国王は重々しく切り出した。その厳粛な声音に、神妙な面持ちで固唾を呑み、続く言葉を待つ――者などいなかった。



「わあっ、ついにやりましたね陛下!」
「おめでとうございます!」
「あらまぁ、良かったですわねぇ」
「ほんとほんと」
「これでもうこの世に思い残すことはありませんな」
「何をおっしゃる、陛下の晴れ姿を見るまではくだばるわけにはまいりませんぞ」
「おおそうでしたな、いやまったく」
「うわまいったなー、俺、陛下がふられる方に賭けちゃったよ。昼飯代損したー」

――等々、集まった人々は皆好き勝手に喋りだす。対照的に、リィヤードは呆気にとられ、続く言葉を失った。



わいわいがやがや呆然と、しばらくそんな状態が続いた後。
「陛下、こちらにご署名お願いします」
突然若い官員に呼びかけられ、リィヤードははっと意識を取り戻した。手渡されたものを、怪訝そうに見やる。
「? 何だ、このカードの束は?」
「招待状ですよ、婚約式の。文面は考えておきましたから、あとは陛下のご署名だけです」
「はぁ? こ、婚約式? ちょっと待て・・っ」
「陛下! こちらをご覧ください!」
抗議の言葉は、次の官員にさえぎられた。ずずいっと横から出てきた彼女は、リィヤードに数枚の紙を見せる。
「お嬢さまのドレスを考えてみたのですけれど。陛下は、どれがお好みですか?」
「どれ、って・・・」
「そうですね、ちなみにわたくしのおすすめは、こちらの薄青のドレスですの。お嬢さまの瞳も青ですから、きっとお似合いですわ」
「ああ、そうだね・・・・て、いや、そうじゃなくて! ドレスって、一体何の話だ?」
きっと可愛いだろうな、などととっさに思い浮かべてしまったせいで、うっかり乗せられそうになった。想像を振り払い、慌てて問いただす。すると、面白い冗談を聞いたかのような、ころころと朗らかに笑う声が返ってきた。
「あらいやですわ、陛下ったら。婚約式用のドレスに決まっているじゃありませんか」
「だから、どうして婚約したって知って・・・あれ?」
先ほど渡された招待状に目をやったリィヤードは、そこに記された婚約者の名前を見てぎょっとする。そういえば、さっき、瞳が青だからドレスがどうこうと・・・
「待て、なぜ相手がピアニィだってことまで広まっているんだ!? というか、それ以前に、私はまだ婚約の話なんて一言もしていないぞ!」
リィヤードがそうわめいた途端、議事室はしんと静まった。


が、それも一瞬のこと。
「えっ、違うんですか?」
「えっ、他にないですよね?」
「えっ、やっぱふられたんですか? それで自棄を起こして、別の人に乗り換えたとか?」
集まった人々は、それぞれ好き勝手に王の言葉を解釈しだす。
「違うっ! 私はふられてない! 縁起でもないことを言うな!」
リィヤードはむきになって否定した。もしふられていたら・・・という想像が頭をよぎり、今更ながらぞっとする。

王の忠実なる臣下たちは、主が気分を害したことなどまったく気にかけず、その言葉の内容だけを正確に受け取った。
「なんだ、じゃあやっぱりピアニィちゃんと結婚するんですね」
「いやだな陛下、おどかさないでくださいよ」
「それにしても、臣下思いですねぇ、陛下。在位一周年記念と婚約披露を一度にやるだなんて」
「ほんと。式典の準備って時間がかかって大変ですものね。まとめてやってくださると、色々と手間が省けて助かりますわ」
「そうそう、経費もかなり削減できますしな」
「あ、そのかわり、本式の方は思い切り盛大にやりますから、どうかそのおつもりで」
「ほ、本式・・・?」
リィヤードは、軽い目眩を覚えた。よく分からないが、自分の知らないところで何かが始まろうとしている、ということだけは分かってきた。
額を押さえ、混乱を沈めようとするリィヤードの肩を、先ほどの女性官員がぽんぽんと妙に嬉しそうなリズムで叩く。
「さっ、陛下、話を元に戻しましょう。早めに決めてしまわないと、ドレスが間に合いませんわ。あ、本式の方のドレスは、ただ今構想中ですので、もうしばらくお待ちくださいね」
「いや、あの、本式の方の、って何だ・・・?」
「まあ、陛下、決まっているじゃありませんか。婚礼の衣装ですよ」
本式=結婚式。
・・・当事者たる自分の知らないところで、そこまで話が進んでいるのか・・。
リィヤードは言いようのない脱力感に襲われ、いそいそと並べられるデザイン画の上に突っ伏した。

「だから、何で、どこから話が・・」
「ご自分で謀ったことでしょう、陛下」
つぶやきに答える冷静な声に、リィヤードは顔を横に向ける。頬を机上につけたまま視線だけ上げると、隣に控えていた王佐が、簡潔に状況を説明してくれた。
「昨日の会合の場で、堂々とピアニィに申し入れをしたのは誰ですか」
「あ」
そうだった。
自分たちがそういう関係だと思わせるために、わざと公の場でそういうことを言ったのだ。
つまるところ、これはねらい通りの展開、というやつか。
自分とピアニィが結婚すると知ったら、皆びっくりするだろうな、と、密かに明かすのを楽しみにしていたリィヤードは、これまた密かにがっかりした。

そんな主の内心を知って知らずか、王佐は微苦笑しながら言った。
「婚姻の儀に関しては、だいたいのことはお任せいただいて結構ですよ。ザフィル陛下仕込の仕事人がそろっておりますので」
つまり、どんなに急な話でも対応できます、ということらしい。 現に誰もが、準備期間が残りわずかとなったにもかかわらず、在位記念式典と同時に婚約式をやるつもりのようだ。

(さすが、父上の思いつきのせいで、突発的なイベントに付き合わされ続けていただけのことはあるな)

リィヤードは頭を起こし、頬杖をついた。ドレスはピアニィと相談して決めるよう指示し、官員を下がらせる。
「それにしても、行動がはやすぎないか?」
デザイン画を眺めつつ、るんるんとした足取りで席に戻るご婦人の後ろ姿を見送りながら、リィヤードはふと疑問に思う。
先ほど渡された招待状はゆうに300通はあったし、ドレスのデザインも10種類以上あった。少なくともあの二つに関しては、そんなに急に用意できるものではないはずだ。
それに、どうも、官員らの張り切り方が尋常でない。彼らはそんなに王の結婚を待ち望んでいたのだろうか。その割に、今まで見合い話の一つも持ち込まれたことがなかったが。

「ああ、それはですね・・・はやいというより、むしろ」
本気で不思議がる王を半眼で見やって、王佐はいささか面倒そうにため息をついた。
「ある程度までは、あらかじめ用意してあったのだと思われます」
「用意?」
「はい。陛下のご結婚に関しては、予測がついておりましたから」
「は?」
「つまりですね・・・」
シリスはいかにも仕方がないといった様子で、その事実を口にした。


「ばれていました、陛下。あなたの想い人」

「・・・・ええ!?」


議事室に集まった誰もが、大袈裟なまでに喜び勇んだわけ。
それはもちろん、不毛な片想いを続ける二人に、さっさと片付いて欲しかったからで――
「王の結婚」ではなく、「リィヤードとピアニィの結婚」こそ、城の誰もが望んでいたことなのであった。


おかしい、どうしてばれたんだ、誰にも言っていないのに、などとぶつぶつ つぶやく王を見ながら、シリスは再びため息をついた。この人はきっと、自分の胸に手を当てて考えてみても さっぱり分からないのだろう、と内心呆れながら。











   
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