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陛下に賜るわがまま



リィヤードは、ピアニィを見下ろした。
ピアニィは、リィヤードを見上げた。
二人とも、黙って互いを見ていた。

苦しくて息がつまりそうな沈黙の中で、ピアニィの青の瞳が揺れる。その中に映る感情を一つも逃すまいと、リィヤードは唇を引き結んだ。

どちらもただ相手を見つめていた。
この世界にいるのは自分たち二人だけではないのか。そう疑ってしまうくらい、静かな時間が過ぎた。



やがて、バラ色の頬を、透明な滴が濡らした。柔らかな輪郭をなぞるように、静かに滑り落ちる。
リィヤードは、ふと視線を動かし、滴の行く末を追った。



「――何が悲しいのですか」

右の頬に温かな体温を感じ、視線を相手の瞳に戻す。細い指先が、そっと目元に触れてきた。そこではじめて、リィヤードは、自分が泣いていることに気づいた。
こちらを見上げ、頬に手を伸ばす少女。
切実に揺れる瞳で彼を見る。
「どうして、そんなふうに傷ついて・・・」

「・・傷つく? 傷つけようとしているのは、私の方なのに?」
リィヤードは笑おうとして失敗し、顔をゆがめた。また一つ、涙がこぼれる。
それを頬で受け止めたピアニィは、しかし払うことはせず、静かに断じた。
「違うわ。傷ついているのは、兄様の方よ」

きっぱり言い切られた言葉に戸惑い、返答に詰まる。
そんなリィヤードの頬を、ピアニィの手がなぐさめるように撫でた。
「何があなたを苦しめているのですか?」
問いかける声は、いたわりに満ちている。
「あなたが望むのなら、私はいつまでだってここにいます。一生閉じ込められても構いません。だから、そんなふうに悲しまないで。あなたが傷つかないようにするためなら、私は何だってしますから」
見上げるピアニィの瞳は、疑いようもないほど真剣だった。
「だからお願いです、兄様。もう泣かないでください」


「・・・そうだな。私は、傷ついているんだろう」
リィヤードは、苦笑と共に肯定した。瞬き一つで涙を払う。
「君が離れてしまうことが、こんなに辛いとは思わなかった」
頬にそえられた細い手に、自分の手を重ね、包む。
「好きだよ、アニィ。君が何より大切だ」
ピアニィは、ぱちぱちと不思議そうに瞬きをした。そんな少女を、リィヤードは愛おしそうに見つめる。
「だから本当は、君が自由に、望むとおりに過ごせるように、私は力を使うべきなんだろう」
そこまで言って、リィヤードは口をつぐんだ。ピアニィの手を強く握り、頬に押し付ける。それまでで一番苦しそうな顔だった。
「それでもやっぱり、君が誰かのものになってしまうなんて耐えられない。結局、こうするしかないんだ。私には、地位を利用するしか君を引き止める手段がないから――」
リィヤードは気持ちを落ち着けるように目を伏せた。それから、重ねていた手を離し、少し笑った。彼らしくない、自嘲的な笑い方で。
「そうだ。もしかして、もっと泣けば、傷ついている私に同情して、頼みを聞き入れてくれるかい? アニィ」

仰向けの体勢で、ピアニィは軽く首をかしげる。リィヤードの顔を見つめたまま、彼の発言に関してしばし考えた。
彼は私のことが好きで、離したくなくて、引きとめようとしている?
それでは、今夜ここに呼び出されたのも、帰さないと言われたのも、つまり・・・




――状況を理解した途端、ピアニィ思わず笑い出した。



寝椅子に押し倒されたまま、この場に不釣合いなほど明るく、くすくすと笑い続ける。
「兄様ったら、おかしいわ」
「・・・え? え? 何が?」
突然笑い出した幼馴染を前に、リィヤードは一瞬呆然として、それから困惑し、わずかに顔を赤らめた。そんな相手の表情を見て、ピアニィはますます笑う。リィヤードは、わけも分からず恥ずかしくなってきた。
「アニィ!」
笑われるのに耐えられなくなり、思わず強い調子でさえぎった。
「からかっているのか? 言っただろう、私は本気だと」
脅すように、顔を近づける。しかしピアニィは、威張るように応じた。
「そんなことされても、ちっとも怖くありません」
言われて、リィヤードは気がついた。たしかに、動きを封じられた状態にもかかわらず、ピアニィからは恐れも怒りも感じない。そうだ、最初から、彼女は何も恐れてはいなかった。ただ、不安げに瞳を揺らして――リィヤードを案じていただけだ。





くすくすという笑いがおさまった後、ピアニィは唐突に言った。
「陛下。あなたは知らないみたいだから、教えてあげます」
先ほどのリィヤードの言葉をなぞるように、いたずらっぽい笑みで言う。
「たとえあなたが、権力や腕力や、他のどんな 力を使ったとしても、私を傷つけることはできないんですよ」
「・・・え?」
「あなたに私を傷つけることはできません」
ピアニィの顔は、勝利を宣言するかのように、自信に満ちていた。
意味をつかみ損ね、リィヤードは黙り込む。 それから、ピアニィの言葉を反芻する内、だんだん腹が立ってきた。
「・・・私にそんな度胸はないと、そう言いたいのか?」
「やだ、違うわ、そうじゃなくて」
ピアニィは再び、くすくすとおかしそうに笑った。
「あなたが何をしても、私は傷つかないと言っているんです」
「?」
リィヤードは、わけが分わからない、というふうに眉を寄せた。その様はまるで、子供のなぞなぞに窮する大人のようだ。
ピアニィは微笑んで、言葉を続けた。
「あなたの手も、腕も、瞳も唇も――何一つ、私を傷つけたりしません」
言いながら、指先でまぶたや耳にふれていき、最後に再び片頬を包んだ。
「あなたの存在が、私を傷つけるなんてありえません」
ピアニィは、まっすぐにリィヤードの瞳を見つめた。


「だって、私はあなたのことが・・・」
好きです、と言おうとして、ピアニィは一度口を閉ざした。
友情とも家族愛とも異なるこの気持ちを、間違いなく伝えられる言葉を選ばなければならない。ただの「好き」では足りなかった。
ピアニィは慎重に考え、最終的にこう口にした。

「私は、兄様に恋しています」



「だから私は、傷ついたりしません」
リィヤード は、驚きに息をつめる。そ の見開かれた瞳を見上げながら、ピアニィは表情をやわらげた。
「だから、あなたが気に 病んだり、傷ついたりする必要はないんです」
今この場で想いを告げたのは、彼をこれ 以上傷つけないためだった。



「・・アニィ・・・・でも、本当に・・・?」
リィヤードは、自分の目も耳も、まったく信用できなかった。しかしピアニィは、彼の問いかけを否定しない。
リィヤードは恐る恐る手を伸ばし、ピアニィの頬に触れた。ピアニィの左腕と、リィヤードの右腕が交差する。 やはり彼女は、抵抗しなかった。頬に互いの体温を感じたまま、二人は見つめあった。
「・・・本当に君は、傷つかないのか?」
リィヤードの親指が、つ、と動いてピアニィの下唇に触れる。
「ためしてみてもいいかな?」
唇の一瞬の震えが、リィヤードの指に伝わる。それでもピアニィは、目をそらさなかった。
「いいですよ。証明してあげます」
目のふちを赤らめながら、はにかむように答える。

一瞬後には、リィヤードの腕が交差したピアニィの腕を絡め取るように捕らえ、座面に縫い止めていた。それと同時に、視界が暗くなり、唇に柔らかな熱が重なる。



長い長い刹那の後、まつ毛が触れるほど近くで見つめ合った。
「・・・・ほら、・・傷つかないでしょう」
吐息が唇に届くほど、近い。
「アニィ」
名を呼ぶ声が甘やかなのも、近すぎるせいだろうか。
リィヤードは安心したように、かすかに笑んでうなずく。それから言った。
「頼みがあるんだ。聞いてくれるか?」
つられるように、ピアニィはにっこりと笑んだ。
「私のお願いも聞いてくれたら、いいですよ」
「分かった、いいよ」
リィヤードはためらいなく請け負った。
「あら、いいんですか? まだ何をお願いするかも言っていないのに」
「いいんだ。たとえどんな無理難題でも、私の望みがかなうなら何だってするから」
「でも、私の方は、兄様の望みをかなえられるかどうか分かりませんよ」
「君にしかかなえられないことだ」
「そうなの? それなら、兄様が先に言って」

目をそらせないほど近い距離で、リィヤードはピアニィに告げた。

「君が好きだ。ずっと傍にいてほしい」

瞬きすら惜しむように、互いの瞳に見入る。

「私と結婚してくれませんか。ピアニィ」

ピアニィは、泣きそうな顔で微笑んだ。
「あなたから何かを求められるのは、はじめてかもしれませんね。陛下」

そうしてもう一度、唇を重ねた。









   
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