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合法的な束縛



「今夜一晩中、一緒にいてほしい」


そう告げたリィヤードの顔は、心なしか蒼ざめて見えた。体調が優れないせいか、あるいは緊張のためか。それとも、見る側の思い過ごしか――ピアニィには判断がつかなかった。
「え、と、あの・・・?」
「ただこの部屋にいてくれればいい。その間、私は君に指一本触れないと誓うから」


落ち着いた表情の下で、リィヤードは焦っていた。
このまま黙って帰し、明日になってしまえば、彼女は約束を取り付けサイラスと会うだろう。それを阻止したくてたまらなかった。
ピアニィを、サイラスに会わせたくない。どうしても、彼の元へ行かせたくない。
―――誰にも、渡したくない。
リィヤードは、どうしようもなく利己的な自分を抑えられずにいた。
王になると決めてから、こんな気持ちになったのははじめてのことだった。


「部屋を? でも、どうして・・・」
ピアニィは困惑して言葉を迷わせた。
「『どうして』? 分からないの?」
聞き返されても、分からないものは分からない。ピアニィは、答えを求めるようにリィヤードを見上げた。しかし、彼に答えてくれる様子はない。

仕方が無いので、自分で考えてみることにした。
とりあえず、普通に考えよう。今夜一晩中、この部屋にいてほしいと頼まれた。理由はともかく、事実としてはそれだけだ。
(徹夜ってことかしら)
だとしても、別に断る理由はない気がした。もともと王宮に泊まる予定だったのだから。
(そうよ、もともと・・・あれ?)
今夜一晩、ということは、明日の朝まで・・・

「あっ、だ、駄目です! 私、用があるので」
黙って考え込んでいたピアニィが、突然声を上げる。リィヤードは、怪訝そうに問い返した。
「用? こんな夜中に?」
「夜ではなくて、朝の話です。行きたいところがあって」
「それなら、夜が明けてから行けばいいだろう」
「それでは駄目なんです。日の出前の、早朝でなければ」

リィヤードは、一瞬黙った。
「・・・それは、庭園のこと? 回廊に面した、低木のところだろう?」
ピアニィは驚いて目を丸くした。それは、まさに彼女が行こうとしているところだった。
「どうして分かったんですか?」
まさか、あの花のことをリィヤードも知っているのだろうか。ピアニィが毎朝観察している、あのつぼみを。
しかし、ピアニィを本当に驚かせたのは、次の言葉だった。
「それなら、なおさら行かせられない」
「ええっ? そんな・・」
ピアニィは、だんだん混乱してきた。自分が早朝に庭へ行くことが、一体リィヤードにどんな不利益をもたらすと言うのだろう?

「お願いです、陛下。私、とても楽しみにしていて・・」
混乱するピアニィの口から出るのは、ただただ懇願だけだった。
ずっと近くにいたはずなのに、どうして自分には、彼の言葉や表情の意味が理解できないんだろう?
優しい彼が、ピアニィのわがままを笑って許してくれる彼が、なぜこんな理不尽なことを言い出すのか分からない。
彼が自分の気持ちを分かってくれないなんて、信じたくない。


困惑するピアニィの顔を見下ろしながら、リィヤードは心臓が冷えていくような感覚を味わっていた。頭に浮かぶのは、彼女がサイラスと微笑み合っていた、今朝の光景。
ピアニィはさっき、サイラスと会う約束をしてはいない、と言った。しかし、そんな言葉が果たして信用できるだろうか? 内密に会う約束がないなどと、どうして言い切れる?――当人たち以外は、知るすべもないのに。
ピアニィが嘘をついているのなら、それはつまり、彼女の心が彼に向いているということだろう。
夜が明けたら、二人が会ってしまったら、――手遅れかもしれない。

リィヤードには分かっていた。
もしサイラスがピアニィを望んだら、断わるのは難しい。なぜなら、サイラスはオーベルジーヌの王子だから。こちらが彼の要求を蹴るようなことがあれば、外交問題に発展しかねない。そうならないためには、正式に事が運ぶ前に、ピアニィを彼から引き離す必要がある。

そんなふうに計算してしまう自分を、リィヤードは内心で嘲笑った。
自分は国王だから。個人的な感情ではなく、国の利益を優先させなければならない。国のことを考えないわけにはいかない。
王という地位を、ひどくうとましく感じた。

しかし同時に、王になってよかった、と思う自分がいる。




「アニィ。君は知らないかもしれないけれど」

唐突に、リィヤードは言った。
「私には、力があるんだよ」
「え? 陛下?」
「・・・そう、私は『陛下』だから」

ピアニィは、一瞬目眩を感じた。体がバランスを失う。突然の浮遊感に、思わずぎゅっと目をつぶった。
目を開けると、リィヤードの顔がすぐ近くにあって、その後ろに天井が見えた。

「君は断れない。そんなことは無駄なんだよ、アニィ。私がここで何をしても、それは国王という権力の元に合法化される」
リィヤードの顔が、ピアニィの顔に影を落とす。
「私が本気だと、分かるね?」
「兄、様・・・」
先ほどまで腰掛けていた寝椅子に、ピアニィは仰向けに押さえつけられていた。
「これが最後だよ、アニィ。今夜一晩、この部屋から出ないでくれ。聞き入れてくれるなら、もうこれ以上、君を傷つけるようなことはしないから」


『国王陛下のお手つきとなれば、後宮入りを余儀なくされますね。本人の意思に関係なく』
あれは、シリスが――彼女の兄が言ったことだ。
王という地位にあればこそ、できること。
合法的に、永久的に、彼女を手に入れる方法。
――後宮という檻に閉じ込める。

だから、わざと皆の前でピアニィを部屋に呼んだ。既成事実として認識させるために。証人をつくるために。
真実などどうでもいい。皆が信じることが、事実になる。

フォンタデール国王リィヤードは、もう一度、念を押すように、言った。

「いてくれるだけでいい。部屋を出ないと約束してくれれば、私はこれ以上、決して君に触れたりしないから」










   
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