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遠まわしな拒絶



「失礼いたします」

静かに扉を開き、深く頭を下げる。いつも飛び込むように入室しているのが嘘のようなしとやかさだ。
それは、おそらく――彼女の緊張の表れだろう。

「こんばんは、ピアニィ。来てくれてありがとう」

対照的に、にこりと微笑む彼は、ピアニィのよく知るいつも通りの優しい幼馴染だ。
リィヤードの柔らかな表情に、ピアニィは内心ほっとした。昔から、彼の優しい笑顔はピアニィを安心させる。
気持ちが落ち着くと、急に嬉しさがこみ上げてきた。こんな遅い時刻に一緒に過ごすのは、はじめてのことだ。

「座って。今お茶をいれるから」
うながされるまま、寝椅子に腰を下ろす。この部屋――リィヤードの私室には、彼が座っている椅子以外、それしか腰掛けるものがなかったのだ。

ピアニィは、リィヤードがお茶の準備をするのを、テーブル越しにぼんやりと眺めた。
いつもは自分が彼を誘って、お茶やお菓子を用意するのに、今日はその逆だ。さらに、時間も昼間ではなく、夜。なんだか、何もかもがいつもと違う。不思議な感じだ。

お茶自体は、あらかじめポットに用意されていたらしい。香りから判断するに、中身は香茶だろう。リィヤードは、蜜などが入った瓶を取り、慣れた手つきで調味していく。

彼は王子として育った人間だが、身の回りのことの大部分は自分でやる習慣があった。王になった今でも、特別なとき以外は従者を伴わない。
他国の王族は、部屋の扉を開けるときですら人を使うと聞いたことがある。他の国の城はそんなに扉が重いのか、と聞いたらシリスに苦笑された。
そういえば、サイラスも他国の王族だ。もしかしたら、フォンタデールに来て戸惑うことがあったかもしれない。たしか、部屋の扉は、サイラスが自分で開けていた気がする。しかし、彼には専属の従者もいたはずだ。あまり見たことがないせいか、顔はよく思い出せないけれど。名前は、聞いたことがあっただろうか――


「何を考えてるの?」
向かいの席からの問いかけに、ピアニィは意識を引き戻された。いつの間にかうつむいていた顔を上げる。
「あの、サイラス殿下の・・・」
カチャン!
リィヤードがスプーンを取り落とした。カップのふちに当たり、テーブルクロスに落ちる。
リィヤードは、不自然なほどすばやくそれを拾い上げた。
「ああ、ごめん。それで、ええと、サイラス殿下がどうしたんだい?」
「え? あ、いいえ、たいしたことではないんです」
スプーンに気を取られているうちに、言おうとしていたことがどうでもよくなってしまった。せっかく二人でいるのに、サイラスの従者の話などすることはないと気がつく。
「――そう。ならいいんだけど」
そっけないほど自然に、リィヤードは言った。


二人の間に、しばし沈黙が落ちた。


「どうぞ」
沈黙を破るきっかけは、一杯の香茶だった。持ち手のないカップから、温かな湯気がのぼる。
「いただきます」
カップを手に包んで、中の温度をたしかめてから口をつける。飲む前から、独特の香りが鼻をつく。
くせのある甘みが、口の中に広がった。
「甘い・・・いい香りがする」
「少し果実酒が入っているからね。その香りだよ」
言われてみれば、熟れた柑橘類のような香りだ。アルコールのせいで、甘みが増しているらしい。
まだ早い、とシリスには止められるため、ピアニィがアルコールを口にする機会はあまりない。そのせいで特別感が増して、余計においしく感じられる。

(このお茶、兄様みたい)
ゆっくり口に含みながら、ピアニィは心の中でつぶやいた。
優しくて、甘くて、熱くて。
温かくて安心する。
一気に飲むと酔いそうな気がしたので、ピアニィは惜しみながらもカップを置いた。


「アニィ」
名を呼ばれ、再び意識を引き戻される。リィヤードの口が何か言いたげに開き、しかしそのまま言いよどむ。
「陛下?」
ピアニィは首をかしげて聞き返した。リィヤードはあいまいに微笑んだ。
「その、・・・今朝、サイラス殿下に用があるって言っていたけど」
「え、えっ? ・・・ああ、はい」
ピアニィは、一瞬ぎくっと固まった。それから慌てて、何でもないふうを装う。
「それが、時間を決めるを忘れてしまって。あの後お会いすることもなかったので、結局今日はお話できませんでした。明日にでも、誰かに伝言を頼むつもりです」
用件の内容を聞かれるのが怖くて、ピアニィは知らず早口になっていた。きっと今、自分の頬は赤らんでいる。
まさか、言えるはずがない。あなたのことを相談したくて・・・なんて。
「――そう。明日、か」
ピアニィの顔をじっと見つめつつも、リィヤードの相づちはまるで独り言のようだった。ピアニィの願いが届いたのか、用件を詳しく聞こうとはしなかった。



「――あの、陛下」
ピアニィは、一呼吸置いてから続けた。
「今日は、何かご用があって私を呼ばれたんですよね?」
「ああ、そうなんだ」
リィヤードの声が、心なしかこわばった。ピアニィの手が、かすかに震える。リィヤードの口が再び開きかけたのを、ピアニィの言葉がさえぎった。
「それは、もしかして、」
あの日立ち聞きしてしまった、彼と彼の父親との会話を思い出す。
ピアニィは、震えを止めるように、きつく両手を握った。テーブルに隠れて、相手に見えないのが幸いだ。

「陛下のご結婚に関するお話ですか?」

あなたは、私の知らない誰かを妻に迎えるの? それを告げるために、私を呼んだの?

ピアニィは、まっすぐリィヤードを見た。視線を手に落とさないよう、必死で気持ちをふるい立たせる。
ピアニィの視線の先で、リィヤードは――驚愕を顔に浮かべていた。どうしてそれを、という気持ちが面に表れている。その見開かれた目に耐え切れず、ピアニィはとうとう うつむいた。
(やっぱり)
下を向くと、涙がこぼれてしまうかもしれない。それでも、目の前の想い人を直視することはできなかった。



「おめでとうございます、陛下」
その言葉に、リィヤードが表情を消した。ピアニィは、うつむいていて気づかない。ひたすら懸命に言葉を継いだ。
「陛下の奥様になられる方は、お幸せですね」
しかし、どうしても声が詰まりそうになる。そこまで言うのが限界のように思われた。
不自然な間を持たせるように、半分以上残っていた香茶を、一息に飲み干す。思いのほか時間が経っていたらしく、香茶はすでにほとんど冷めていて、アルコールの風味だけが妙に強く感じられた。

「もう、ずいぶん遅い時間ですね」
カップをテーブルに戻すと、ピアニィはわざとらしいほど明るい声を出した。やはり顔は上げられないまま、立ち上がる。
「私、そろそろ失礼します。明日は早いので・・・」

(あのつぼみに、会いに行こう)
とっさにそれが頭に浮かんだ。
私の気持ちが届かなくても、あの花は決して無駄にはならない。
あれはこの人のための花で、私のための花ではないのだから。

「それでは、これで。長居をしてすみませんでした」
表情を見られないように、うつむいたまま扉の方へと顔をそらす。
そのまま退出しようと、一歩踏み出した――途端、腕をつかまれた。
反射的に顔を上げると、悲しいような怒ったような顔が、ピアニィを見下ろしていた。


「――それは、遠まわしな拒絶かい? アニィ」
「え?」
驚きに涙が引く。リィヤードと目が合う。その瞳に、冗談の色はなかった。
「あの、陛下・・?」
「でもね、そんなのは無駄だよ」
リィヤードの瞳が、真正面からピアニィの瞳をとらえた。
「君に頼みがある」
ピアニィは、彼の瞳にのまれたかのように、息を忘れていた。


「今夜一晩中、一緒にいてほしい」









   
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