花屋を求めてどこまでも



朝の会合で国王陛下がスレート公爵令嬢にとある申し入れをした、という噂は、城中の誰もが知るところとなった。どこへ行ってもその話題で持ちきりである。
当然、噂の現場に居合わせたオーベルジーヌの客人らの間でも、同様の現象が起こっていた。
しかしながら、幸か不幸か、知れば一番大騒ぎしていたであろう人物は、会合に欠席していた。それどころか、噂で持ちきりの王宮内にすらいなかった。
話は、会合が行われる前にさかのぼる。


 *****


「花屋、ですか?」
シール教授は首をかしげる。
「はい、花屋です。・・花を売る店のことですよ」
ライリーアは念のため付け足した。


花屋を探し始めて、早3日目。未だに誰もその場所を教えてくれないのだ。怒ったように去ってしまう者や、うんざりしたように知らないと答える者など、フォンタデール城には不親切な人間や無知な人間ばかりだ。丁寧に花屋とはどういう店かという説明までしてやっているのに、まともに取り合う者はほとんどいなかった。
さらに不可解なことに、彼が話しかけようとするとさっと逃げてしまう者が増えた。これでは、聞きたくても聞けないではないか。


―――実は、ライリーアは知らないことだが、彼との会話の体験者たちが「ライリーア殿とは話さないほうがいい」という噂を流していたのだ。というのも、ライリーアと話しているとなぜだかイライラさせられ、つい声を荒げたくなってしまうからだ。たとえライリーアがどんな人間であろうとも、隣国からの賓客には違いない。彼とトラブルを起こしてはいけないのだ。 だから、城の人間は誰もが彼を避けていたのである。


それにも関わらず、つかまってしまったのがシール教授だった。その朝所用で王宮を訪れた教授は、行きがけの廊下でライリーアにばったり出くわし、挨拶してしまったのだ。そこですかさず、ライリーアに話しかけられたわけである。彼は王宮で働く人間ではないから、ライリーア注意報を知らなかったのだった。


教授は、何かを思い出すように、ななめ上の空間を見やりながら答えた。
「たしか、学院の・・・門の近くにあったように記憶していますが」
「本当ですか!?」
ライリーアは、がしっと音が鳴りそうなほどの勢いで教授の両肩をつかみ、がくがくと揺さぶった。
「詳しく教えてください! 今すぐに!」
「あ、ああ、はいはい、わ、分かりましたから、手を放していただけませんか」
「もちろんかまいませんとも」
しきりにうなずきながら、ライリーアはやっと手を放す。 解放された肩をさり気なく回してほぐしつつ、シール教授は言った。
「しかし、その店まで徒歩で行くには無理があると思いますよ。王宮からかなり離れていますから。やはり、他の方にお尋ねになった方がよろしいでしょう。私には、その店以外に心当たりがありませんし」
「どんなに遠くとも問題ありません! 地の果てまででも参ります!」
ライリーアは、熱心に訴えた。たらい回しはもうまっぴらだったのだ。
そうまで言われて断るわけにもいかず、シール教授は了解した。
「では、場所を移しましょう。地図を描いて差し上げます。今 紙とペンを用意させますから、少しお待ちください」
「ええ、待ちますとも! でも、できるだけ早くお願いしますよ! すぐにでも出発したいので!」
「はい、そのように努めます」
ライリーアの率直さに、シール教授は苦笑した。それからふと引っかかる。
「あの、ところで、ライリーア様。これから会合があると聞いたのですが・・・あなたは出席なさらないのですか?」
「ああ、それなら問題ありません」
ライリーアはあっさりと言い切った。
「サイラス殿下にちゃんと許可を取りますから。じっくり丁寧に事情を説明すれば、分かってくれますよ。なに、殿下は話の分かる方です」
答える彼の表情は、いやに自信満々だ。それを見て、教授の頭に不安がよぎる。
「さあさあ、急いでください!」
気がつくと、いつの間にかライリーアは勝手に廊下の先へと進んでいる。大声でせかされ、シール教授はあわただしくその後を追った。


その後ライリーアは、長々と事情を話し、根を上げたサイラスから外出の許可を受けると、すぐさま王宮をあとにした。
こうして、首尾よく会合を欠席し、地図を片手に花屋を目指して旅立つこととなったのだ――目的の店が、どれほど遠いかも知らずに。

彼が戻って来るのは、まだ先の話である。










   
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