噂の当事者



「園長!」

背後から投げられたよく知る声に、王宮庭園管理者であるサーフィールド園長は、ぎょっとして固まった。土いじりの手を止め、ぎぎぎぎぎ、とぎこちなく首を回して振り返る。
「・・・ぴ、ピアニィちゃん」
笑顔がひきつるのは、どうしようもない。
「? どこかお加減が悪いの?」
様子のおかしい園長を見て、令嬢は不審そうに眉を寄せる。園長は慌てて否定した。
「い、いや、別にっ! それより、今日はどうしたんだい?」
「あ、そうだわ。お願いがあるんです」
令嬢はあっさりと話題を変えた。
「ああ、何でも言っておくれ」
園長がほっとした――のも、つかの間。

「私、今夜王宮に泊まろうと思っているんですけど」

「!」
サーフィールド園長の顔が、みるみる固まる。しかし、ピアニィは気づかない。
「このところずっと観察していた花があったでしょう? あのつぼみが、明日あたり咲きそうなんです。幸い明日は休日ですから、泊りがけで朝から様子を見ようと思って。 それで、ほら、あの小屋――庭師のみなさんが仮眠に使う小屋がありますよね? あそこを今夜貸していただきたいんです。よろしければ、鍵をお借りできますか? ・・・あの、園長? 聞いてます?」
「・・あ? え?」
「鍵ですよ、鍵」
「ああ、鍵・・・」
首から上を固定したまま手を動かすと、ベルトに下げていた小さな鞄から鍵を取り出して、ピアニィに渡す。受け取ったピアニィは、それが目的の鍵であることを確認し、小さくうなずいた。
「ありがとうございます。では、私はこれで。お仕事の邪魔をしてすみませんでした」
ぺこりと頭を下げると、ピアニィは王宮内へ戻っていった。

「あの噂は、本当に、本当だったのか・・・」
ピアニィの姿が見えなくなった後も、彼女の言葉によってもたらされた衝撃から抜けられず、サーフィールド園長は立ち尽くしていた。
『今夜王宮に泊まる』。
午前の会合の後で官員たちが騒いでいた内容を、一応耳にはしていた。しかし、おそらく誰かの聞き違いだろうと、なるべく深く考えないようにしていた。いや、聞き違いだと思い込もうとしていたのだ。おそらく、噂に聞いただけの者たちは、ほとんど皆そうだろう。
しかし――本人が言うのだから、間違いない。
あまりの衝撃に思考が停止していたため、その後に続けられた「お願い」は、実際のところ半分も聞いていなかった。ほとんど無意識の内に、手が動いただけだ。

「・・・こいつは大変だ!」

サーフィールド園長は、庭仕事で鍛えたフットワークのよさを存分に発揮し、一目散に作業中の花壇をあとにした。










   
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