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将来に関わる話



王佐の部屋に入り、扉を閉めた途端、令嬢はたまりかねたように叫んだ。

「絶対変よ!」
「落ち着きなさい、ピアニィ」
「だって、兄様があんなことするなんて!」

取り乱す妹を、シリスは無理矢理椅子に座らせた。自分も向かいに腰掛ける。
ピアニィが混乱するのも無理からぬことだ。
なにしろ、リィヤードが彼女の手に口付けたのは、この日が初めてだったのだ。額や頬なら、家族や親しい人へ親愛の情を示すためにキスすることがあるが――実際、ピアニィもそれなら経験があったが――手には、普通しない。手へのキスは、多かれ少なかれ男女に関係するものだ。

それに、あのときリィヤードがピアニィに告げた言葉、あれは――

「本当におかしいわ! お医者様は何て言ってるの?」
「・・・・医者?」
興奮した妹の声に、思考を引き戻される。
「だって、今朝頭を打ったんでしょう? そう聞いたけど」
シリスは額を押さえた。どうやら、頭を打ったせいで、おかしくなったと思われているらしい。
思わず脱力していると、ピアニィがいぶかしげに顔をのぞき込んできた。
「シリス?」
「・・・・いや、何でもない。医者は、脳に異常はないと言っていた。他の怪我もたいしたことはないから、普通に動いていいそうだ」
「そうなの?」
良い知らせを聞いたにもかかわらず、ピアニィは難しい顔をして考え込んだ。

あまりに長く考え込んでいるので、シリスはとうとう口をはさんだ。
「どうかしたのか?」
「うーん・・・じゃあ私、何で夜に呼ばれたのかしら?」
「え?」
「そんなに悪くないなら、看病は必要ないんじゃない?」
「看病? ・・まさか、今朝の怪我の看病のために呼ばれたと思っていたのか?」
「違うの?」
ピアニィは首をかしげる。
「じゃあ、何のために呼ばれたのかしら?」
あっさりと兄に聞き返した。

シリスは天を仰ぎ、投げ出すように答えた
「行けばわかるだろう」

「まあ、それはそうだけど」
ピアニィは、シリスの答えに不満そうだ。適当にあしらわれたと思っているのだろう。実際その通りだ。まったく付き合いきれたものではない。

「でも・・・それ以外には・・・」
ピアニィは、議事室での状況を思い起こした。最初にリィヤードと怪我のことについて話し、 それから、サイラスに声を掛けたのだ。彼に聞きたいことがあったのを思い出して――

「あっ、まさか!」
突然、ピアニィが悲鳴のような声を上げた。
「・・どうした?」
すでに面倒な気分になっていたシリスは、ひどく投げやりに尋ねた。ピアニィは、そんなシリスの顔を見つめ、恐る恐るといった様子で口を開く。
「何か、大切な話がある、とか・・・?」
「まあ、そう考えるのが妥当かもしれないな」
思いつきをシリスに肯定され、ピアニィは表情を硬くした。
「もしかして、・・・将来に関わること、だったりして・・・」
将来に関わること。
その言葉に驚き、シリスはピアニィを凝視した。面倒な気分は吹き飛んでいた。
「・・・その可能性も、低くは、ないな」
無意識に、一言一言区切って強調する。実のところ、シリスには、それ以外の可能性は考えられないくらいだった。
それにしても、まさかこの、つい先ほどまで見当違いなことを言っていた妹が、そこに思いいたるとは。
ようやくリィヤードの気持ちに気づいたのだろうか。
「でも・・それじゃ・・・」
しかし、どういうわけか、ピアニィは傍目にもはっきりと知れるくらい顔色が悪かった。完全に血の気が引いている。
「?」
シリスはいぶかしんだ。まさか、求婚されることにためらいがあるのか?

「いいえ、それでも、・・・」
考え込んでいたピアニィは、やがてうわ言のようにつぶやくと、軽く頭を振った。おもむろに、シリスの方へ向き直る。
「私、今夜は王宮に泊まることになると思う」
シリスは、妹の発言に少々ぎょっとしたものの、表情には出さなかった。かわりに、慎重に尋ねた。
「客室の手配を、頼んでおくか?」
「いいえ、必要ないわ。・・兄様の部屋から、直接 庭園に行くから」
シリスはますます面食らった。ピアニィに、朝早く王宮庭園を訪れるという日課があることは知っている。しかし、まさか、その時間まで王の部屋にいるつもりなのだろうか―――

(普通に考えれば、そういう意味なんだろうが)

シリスが考え込んでいる間に、ピアニィはさっと立ち上がった。
「じゃあ、もう行くわね」
シリスが顔を上げたときには、ピアニィはすでに扉へ向かっていた。そのまま、振り向かずに出て行く。顔は、見えなかった。

(・・・言葉通りに受け取っていいのか?)
あの様子では、何だかそれも違う気がする。
扉を見つめながら、シリスは言いようのない不安に襲われた。









   
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