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二人の兄



「あー・・・失敗」
一人、部屋に残ったピアニィは、額に手を当て反省していた。
(兄様、って呼んじゃいけないのに)
つい、癖が出てしまった。

ピアニィは、王の妹ではない。幼馴染だ。
彼女の正式な名は、ピアニィ・スレート。スレート公爵家の一人娘である。
彼女の父親、つまりスレート公爵が前国王と懇意にしていた関係で、彼女の兄は生まれてすぐに王子――現国王の相手役として選ばれた。その兄にくっついて、彼女も幼い頃からしばしば王宮に足を運んでいた。そして、王子と兄と一緒に遊んでいたのだ。
年少の彼女にとっては、王子も実兄も同じ『兄』と言える存在だった。だから、どちらのことも兄と呼んだ――わずかながら感じていた身分差と、二人を区別する意味をこめて、実兄のことを「兄さん」、王子のことを「兄様」と。

ある程度の年齢になってからは、王子のことを「殿下」と呼ぶようになり――彼が王位についてからは、当然それが「陛下」となったわけだ。(ちなみに、実兄のことは名前で呼ぶようになった。)

しかし、未だに「兄様」と呼んでしまうことがある。気をつけてはいるのだが、王も特に咎めたりはしないため、なかなか癖が抜けないのだ。
(まあ、今回はシリスにしか聞かれていないし・・・いいか)

『またね、アニィ』

そこでふと、王の去り際の言葉を思い出し、そっと微笑んだ。
アニィ、というのは、彼女の幼い頃の愛称。未だにそう呼ぶのは、彼だけだ。



 *****



(陛下、か)

王は、陽の差し込む回廊を歩いていた。斜め後ろから、無表情な青年が付いてくる。

「陛下」という呼称自体は嫌いではない。そう呼ばれるたび、自分の立場と責任を意識することができる。
しかし、ピアニィに「陛下」と呼ばれると、何だかよそよそしい気がして落ち着かないことがある。・・・「兄様」も、それはそれで少々複雑な気はするが。

いっそ本当の兄であったら、もっと傍にいられるし、違った愛し方もできただろうか―――
王はそっと斜め後ろに視線を投げた。


相変わらずの無表情で、足早に付いてくる青年。
さて、几帳面な方はお気づきかもしれないが、王が去った後の議事室にいた7人の中で一人だけ、終始無言の人物がいた。それがこの青年である。
彼の名は、シリス・スレート。王の補佐官にあたる、王佐の任に就いている。齢は、王と同じ21歳。公爵家の嫡男で、将来はスレート公爵を名乗るであろう人物である。そして、彼はピアニィの実の兄でもあった。
物心つく前からの付き合いである彼は、ずっと共に過ごしてきた無二の親友であり、こちらの弱点を完璧に把握している悪友でもある。さらに想い人の兄なのだから厄介だ。

「何かご用ですか、陛下」
こっそり見やったつもりだったのに、気付かれてしまったらしい。こういう抜け目のないところが、補佐官としてはありがたく、友人としてはやりにくい。
「いや、ピアニィはお菓子作りが上手だよな」
考え事を見抜かれぬよう、急いで話題を振った。
「・・・・いえ、そうでもありませんよ」
ピアニィの兄は、少し間を置いて答えた。
「でも、いつも失敗がないじゃないか。今日のパイも、綺麗な焼き色がついてて美味しかったよ」「それは・・・たまたま成功したのでしょう」
「? なんだ、身内だからといってそこまで謙遜することはないだろう」
そう返すと、王佐の青年は複雑な表情を浮かべた。何か言いたそうな様子だったが、やがて諦めたのか、早く行きましょう、と主を促した。王は疑問に思いつつも、それ以上の追求はせず歩くことに専念する。


シリスは、前を行く背中を見つめながらため息をついた。
(貴方は、知らないから)
ピアニィが、お菓子作りを苦手とすること。
それを克服するために頑張っていること。
それ以外にもたくさん努力していること。

そして、彼女が誰のために努力しているのかも。

(貴方は、知らないから)
シリスはもう一度、妹の分までため息をついた。









   
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