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会話の名残



庭から戻った後、サイラスは与えられた客室で長椅子に座り込み、じっと考え込んでいた。

(二人は両思いだったのか)
リィヤードとピアニィの仲を取り持とうと考えているサイラスにとって、これは朗報だった。
二人の関係を知りたくてピアニィと話をしに庭へ行ったのだが、思いがけず知りたかった以上のことが分かってしまった。それをピアニィの前で口にしたのはまずかったかもしれないけれど、結果的に彼女の協力者になることができたから、よしとしておこう。
(これで、少なくとも、ピアニィ嬢の方は大っぴらに応援できるわけだし)
きっとすぐにでも、互いの気持ちに気づくはずだ。

いい流れになってきたぞ、と、サイラスは満足気に顔をほころばせた。と、腰掛けている長椅子の後ろから、ふいに声がかかる。
「――殿下」
「ん? ああ、もう朝食の時間か、サーライル」
笑顔のまま振り返った王子を、控えていた従者はじっと見すえる。
「しつこいようですが、どうかお聞き入れください。――過分なお心遣いは、かえって仇になります」
「過分なんかじゃないよ。向こうが相談にのってほしいって言うんだから」
サイラスは屈託なく笑った。
それを見たサーライルはわずかに眉根を寄せ、少し考えてから言った。
「では、言い方を変えます。言葉にはお気をつけください、殿下」
「? それはもちろん、そのつもりだけど」
分からない、というように王子は首をかしげつつ答えた。
相手を不快にさせないよう、言葉を選ぶのは常のことだ。外交を担うサイラスには、ことさらそれが要求されるのだから。
主の態度に不安そうな表情を浮かべながらも、従者は口をつぐんだ。

ちょうどその時、扉を叩く音が響き、朝食の用意ができたと告げられた。



 *****


王子と従者がそんな会話をしていた、ちょうど同じ頃。

ピアニィは、王佐の部屋の中をぐるぐると歩き回っていた。

「・・・・ピアニィ、いい加減にしなさい」
せわしなく足を動かす妹を眺めながら、シリスはベッドで上半身を起こし、うんざりと言った。
シリスが自宅、すなわちスレート公爵家の屋敷に帰ることは、最近特にまれになっている。というのも、仕事が長引く日は王宮に寝泊りすることにしているのだが、現在それが毎日続いている状態なのだ。

「だって、シリス!」
王佐の妹は、焦りをにじませた声で興奮したように訴える。
「今日こそは兄様に会いにいかなくちゃ。一緒に考えてよ!」
何を考えるか、といえば、もちろん会うための口実である。約束があったとはいえ、それは昨日の話だ。日付が変わってしまった以上、何の理由もなしに会いに行くのはためらわれるらしい。
昨日は会うのを避けたがっていたのに、今日は事情が違うようだ。一刻も早く会いたい、という気持ちがピアニィをせき立てているのは明白だった。
それに、ずいぶん表情が明るくなっている。
これは何かあったな、とシリスはさとったが、あえて指摘はしなかった。

「分かった。後で考えてやるから、ちょっと出ていなさい。すぐ支度する」
シリスがベッドから降りると、ピアニィは素直に部屋をあとにした。「本当にすぐよ。外で待ってるから!」と言い残して。



宣言どおり、兄を待つべく、出てきた扉に寄りかかる。そうしながらピアニィは、先ほどのサイラスとの会話を思い起こした。少し微笑む。

ピアニィには、ずっと気にかかっていたことがあった。すなわち、リィヤードが自分のことを恋愛対象として見てくれるか、ということだ。
なにしろ彼と自分は、長い間兄妹のように過ごしてきたのである。
シリスがピアニィに恋愛感情を抱かないように、リィヤードもまたピアニィをそういう対象としてとらえていないのではないか。そんな不安が、ピアニィの中には絶えずくすぶっていた。
それを先ほど、思い切ってサイラスにぶつけたのだ。
サイラスは、リィヤードと同い年。だから、 サイラスがピアニィの問いを肯定してくれたら、希望が持てる気がしたのだ。そして彼は、期待にたがわず肯定してくれた。
たとえその答えが嘘でもかまわないのだ。
ただ、一番重い悩みを減らしてくれるだけでよかった。それ以外の悩みは、自分の努力で何とかできそうな気がしていた。
そう、問題は、一つだけではない。頑張らなくては。


問題、といえば――
ピアニィはふと思い出す。
『あなたも陛下のことが好きなんですね』
サイラス殿下の、あの言葉。“あなたも”というのが引っかかる。あなたも? じゃあ、他にも誰か兄様のことを好きな人がいるの?
(もしそうだとしても、一体誰が?)
ピアニィは考えをめぐらす。
おそらくサイラスに近しい人物だろう。誰のことが好きだとか、そういった個人的な話をするくらいには。
オーベルジーヌの外交官一行の中に、女性はいなかったはずだし・・・
そのとき、ふと、『政略結婚』という言葉が頭に浮かんだ。
(まさか)
サイラスは、リィヤードの縁談相手を知っているのではないか?
もしそれがオーベルジーヌの人間であれば、サイラスが知っていてもおかしくはない。むしろ、知らない方がおかしいかもしれない――なにしろ、それは王族の人間ということも考えられるのだ。たとえば、彼の姉や妹とか。それほど近しい間柄なら、好意を寄せる相手くらい知っているかもしれない。

(大丈夫)
ピアニィは、どきどきする自らの胸に言い聞かせる。
(たとえそうだとしても、サイラス殿下は味方してくれるわ)
だって、相談にのってくれると言ったのだ。それは、ピアニィの恋を実らせるために協力してくれるということだ。
それなら、リィヤードの縁談相手についても、知っていることを教えてくれるはず。
(殿下に確かめなくちゃ)
ピアニィは一人うなずきつつ、無意識に両手を握り締めた。



 *****


サーライルがサイラスに忠告し、ピアニィが決意を新たにしたのと同じ頃。

王宮庭園の裏手で、庭師の一人が不審人物を見つけた。といっても、見知らぬ人物がいたのではなく、見知った人物が挙動不審だったのである。
その人物は、ふらふらとおぼつかない足取りで、庭の奥へと進んでいく。散歩にしてはその動きがあまりにも不自然だったので、庭師はいぶかしげに声をかけた。
「陛下? ・・・って、ちょっと陛下っ!」
庭師が声を掛けた瞬間をねらったかのように、不審人物――フォンタデール国王リィヤードは、リンゴの幹に真正面からぶつかった。というより、体当たりしたといった方が正しいかもしれない。それほど見事な衝突っぷりだった。
横倒れになったリィヤードを、庭師が慌てて抱き起こす。
「しっかりしてくださいっ! 陛下っ!」
大声で呼びつつ揺さぶるが、リィヤードが目を覚ます気配はない。そのかわり、声を聞きつけた庭師仲間が2人、小走りにやって来た。事態を見てとり、びっくり仰天する。

3人の庭師があたふたしながら王を介抱し、城の中へと運ぶ間、当のリィヤードは夢を見ていた。彼にとっては最悪な悪夢だ。

人気のない庭の片隅で、二人の人物が向かい合っている。一人は栗色の長い髪をした少女、もう一人は金髪の巻き毛の青年。
頬を染めた少女が、必死な様子で何かを告げると、青年が優しく微笑んで肯定する。 その答えに、少女からほっとしたような笑みがこぼれた。

二人が何を言っているのかは聞こえない。ただ、リィヤードの目には、少女の告白を青年が受け入れたように見えた。

それを肯定するかのように、二人の距離が自然と縮まる。互いの背に腕を回し、間近で目と目を合わせ、それから――

夢の中にいるはずなのに、気を失うかのように視界が暗転した。


まぶたを押し上げると、部屋の天井が目に入った。
ぼんやりした頭で、先ほどの夢を思い起こす。――いや、夢ではない。少なくとも、最初の方は。

リィヤードはまたしても、サイラスとピアニィが二人でいるところを目撃してしまったのだ。さらに今回は、立ち聞きまでしてしまった――それも、部分的に。


『妹のような女性は、恋愛の対象になりえるでしょうか?』

『ええ、もちろん』

『ああ、よかった。否定されなかっただけでも嬉しいです』

秘密を共有するかのように、見つめ合って微笑む二人。



再び目眩に襲われ、リィヤードは気が遠くなった。










   
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