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気づかれた思い



(・・・落ち着かなくちゃ)
ピアニィは、大きく深呼吸をした。口角を上げて笑顔をつくると、覚悟を決めて扉を開け放つ。

「失礼いたします、陛下!」

室内を見た瞬間、固まった。
王の執務室にいたのは、長椅子に腰掛ける王、だけでなく――長椅子に腰掛ける王と、その後ろに立つ王佐、の2人でもなく――長椅子に腰掛ける王とその後ろに立つ王佐、および、王の向かいに座す隣国の王子の計3人だった。
・・・失態だ。



明るい声とともに飛び込んできた人物に、リィヤードは激しく動揺した。
久しぶりで驚いた、というのもある。最後に彼女がこの部屋を訪れたのは、王子一行が来国する前だ。
しかしそれ以上にリィヤードを動揺させたのは、彼女を見て頭に浮かんだ言葉である。数時間前に父親に言われた言葉――『プロポーズはどうするつもりなんだ』。
(ええっと、落ち着け、こういうときは古人の知恵に頼ればいいんだ。たっ確か、『ハル家物語』では、求婚のときは一輪のバラか、もしくは詩をしたためた恋文を・・・って、いつの間にプロポーズが決定事項になってるんだ!? まだするとは決めてないぞ! 父上に洗脳されてる場合か!)
頭を振りつつ、大慌てで古典文学のおさらいを中断する。

「・・・あの、陛下?」
いかにも心配そうな声音で呼びかけられ、リィヤードははっと我に返った。ここにいるのは、彼女と自分の二人きりではないのだ。慌てて向かいの長椅子に座る青年を見やる。
「ああっ、これは申し訳ありません、殿下! 」
「? はあ・・・」
首をかしげたサイラスは、なぜあやまられたのか分からないようだった。当然だ。むしろ、存在を忘れ去られていたなどとは、気づかない方が幸いである。


サイラスは、事情が分からないながらも、気づかうようにリィヤードを見ていた。
しかし、次の瞬間――
「ピアニィ」
そう令嬢を呼ぶ声に、ぎょっとして顔を向けた。目を見開いて、声の主――王佐を見みつめる。
(よ、呼び捨て?)
「ノックをして、許可を得てから入りなさい。いつも言っているだろう」
少しばかり困ったような顔で、シリスはピアニィをたしなめた。
「分かってるわよ、シリス。」
ピアニィは、落ち着かなげに視線をそらした。王佐は仕方なさそうにため息をつき、サイラスに向き直ると――言った。


「妹が失礼いたしました、殿下」

「・・・・・・はあっ!?」

シリスの爆弾発言――サイラスにとっては――に心底驚いて、王子は思わず叫んでしまった。これには、シリスの方が面食らう。
「どうかなさいましたか?」
「いや、ええと、ピアニィ嬢は、その・・・シリス殿の妹君なのですか?」
王佐はおや、と意外そうに眉を上げた。当然知っているものと思っていたらしい。
「ええ。紹介が遅れて申し訳ありません。妹のピアニィです。・・ピアニィ」
兄にうながされ、ピアニィはおずおずと王子の前に進み出た。
「改めまして、サイラス殿下。ピアニィ・スレートと申します。父は公爵です。・・・残念ながら、今は不在ですが」
父親の情報など、どうでもよかった。サイラスの頭の中では、これまでピアニィと交わした会話がぐるぐる再生される。
(な、何でこうなるんだ? どこで勘違いを?)
今まで彼女と話していて、普通に通じていたのに・・・会話がかみ合っていなかったということか?

先ほどは、臣下が王妹を呼び捨てにするとは何事か、と驚いてしまったが・・・
(王佐の妹、だったのか)
彼女は、王族ではなかったのだ。
サイラスは拍子抜けして、ピアニィに対してろくにあいさつも返せなかった。


そんなサイラスの状態に気づく余裕もなく、ピアニィは思い切り頭を下げた。
「あの、申し訳ありません。殿下がいらっしゃるとは存じませんでした。大変失礼いたしました」
それから、王と王佐を一瞬見やり、再び深々と礼をした。そして、そのまま踵を返すと、すばやく扉を開けようとする。部屋を出て行くつもりなのだ。

「アニィ!」
リィヤードは、思わず呼び止めていた。扉の前の背中が、びくっと動きを止める。
考えなしに声をかけてしまった王は、頭の中をめぐる父親の言葉と古典文学の知識とをあらん限りの気力で無視して、何とかこれだけ言った。
「また、後で来てくれる?」
令嬢はゆっくりと半分ほど振り返り、中途半端な体勢で答えた。
「もちろんです、陛下」
「ありがとう、あ・・ピアニィ」
リィヤードは嬉しそうに微笑んだ。
ピアニィは、彼がサイラスの目を気にして愛称で呼ぶのをひかえたことに気づき、
(さっき一度『アニィ』って言ってしまったこと、忘れているのかしら)
とおかしく思い、淡く微笑み返した。


 *****


(そうか)
すとん、と落ちるものがあった。
(陛下は、ピアニィ嬢のことが好きなのか)

令嬢が去った後、用事を済ませ早々に退散した王子は、先ほどの王と令嬢とのやりとりを思い起こしていた。

『アニィ!』

リィヤードがあんな、焦がれるような声を出すとは思わなかった。

間違いない。あれは、恋する者の声だ。

そうと分かると、持ち前の親切心がむくむくわいてきた。サイラスはリィヤードに好感を持っていたから、なおさらだ。
(あんなに思っていらっしゃるのだから、陛下にはぜひとも幸せになっていただきたい)
ピアニィの方もまんざらではなさそうだったし、身分を考慮しても、あの二人が結ばれるのは難しいことではないだろう。

何とはなしに嬉しくなってしまい、サイラスは一人にこにこと歩を進めた。


このときサイラスの頭には、ピアニィに恋する同僚のことなど微塵も浮かばなかった。
お人好しだが、なかなかに薄情な王子であった。









   
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