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年頃の息子



歓迎の宴の翌日。
リィヤードは、悩んでいた。

宴で受けた衝撃をひきずっていたせいで、夜もろくろく休めず、眠りが浅すぎて夜明け前には目が覚めてしまった。そうして朝早くからずっと、昨夜の続きをやっているのだ。気分転換に早朝の散歩を――などということは、とてもじゃないが怖くてできなかった。

頭の中では、庭園で見た二人の光景と、宴での王子の発言とが、ぐるぐる回り続けている。
(ピアニィは、サイラス殿下のことをどう思っているのだろう?)
・・・もし万が一、好き、だったりしたら。
思考は悪い方向にばかり広がって、ついには、
(私もいっそピアニィのことは諦めて、政略結婚でもした方がいいのかもしれない)
という極端なところにまで及んだ。


そんな調子だったから、当然仕事がはかどるはずもなく、
「むしろ邪魔なので、どこかで休んでいてください」
と、シリスに仕事場を追い出された。
補佐官の言うことももっともだったので、国王は仕方なく仮眠室で休むことにした。


ところが、思いがけないことに、王専用の仮眠室には先客がいた。
その人物は、窓辺まで移動させたらしい椅子に腰掛け、差し込む陽の光のもとで何かを読んでいた。
「・・・・父上?」
「んああ? おお、いいところに来たな」
先客、もといザフィルは、顔を上げぬまま、ちょいちょい、と息子を指で招いた。どうやら声で入室者が誰か特定したらしい。リィヤードは招きに応じ、適当な椅子に腰掛けた。と、視線が低くなったせいで、父親の手元に目が留まる。
「手紙ですか?」
未だ視線を落としたまま、ザフィルは答えた。
「ああ、イエリエイナからな」
「母上から?」
言いながらリィヤードは、窓際に置かれた小さなテーブルの上に、一通の封筒を見つけた。取り上げて裏を返すと、見知った筆致の署名があった。
『イエリエイナ・フォンタデール』と。
イエリエイナは王太后、すなわち現王リィヤードの実母であり、また先王ザフィルの妻でもあった。
彼女は現在、王位を退いた夫と共に、西方の田舎町でのんびりと暮らしている。――もっとも、夫の方は現在上京しているわけだが。
「どういった用件の手紙なんです?」
「まあ、簡単な近況報告ってところだ。あと、お前に伝言がある。丁度いいから今言うぞ。えー、要約するとだな・・」
ザフィルは、3枚の便箋を重ねなおしながら言った。
「『今回の式典は欠席。さらに今後も、式と名のつく行事には基本的に出席しない。ただし、息子の結婚式には必ず出席するから、その際には何が何でも招待すること』・・とまあ、そんな感じだ」
「母上らしいですね」
リィヤードは苦笑した。
イエリエイナは、夫のザフィルとは対照的に、面倒ごとを嫌う性質だ。基本的に、必要最低限のことしかしない。
そして、どうやら息子の在位一周年記念式典は、彼女の“必要最低限”から もれたらしかった。

「で、いつになったらイエリエイナを招待できるんだ?」
便箋を封筒の中に戻しつつ、ザフィルがにやにやと問いかけてくる。その表情から言わんとするところを察し、リィヤードは言葉につまった。
「結婚、ですか」
結婚。
王族の義務として、リィヤードはどうしても結婚する必要があった。兄弟も従兄弟もいない以上、王位継承者を残すのは彼のつとめである。
そこまで考え、リィヤードはふとひらめいた。昨日からずっと悩んでいることを、人に話してみるのもいいかもしれない。もちろん、誰にでも話せるような種類の問題ではなかったが、さいわい今はふさわしい人物が目の前にいる。

「・・・父上」
「なんだね、息子」
「やはり私も、そろそろ結婚など考えるべきなのでしょうか」
ザフィルは、ふーむ、とななめ上を見やりつつ答えた。
「まあ、そういやそんな年かもな。わしが結婚したのも、たしか21のときだったし」
ここでちら、と息子に視線を向ける。
「で、なにか? ピアニィちゃんに縁談でも持ち上がったか?」
「なっ・・・どうしてそこでピアニィの話になるんですか」
リィヤードはわずかに目元を赤らめた。
「いやあ、だって、ねえ」
からかうように、見透かすように目を細め、ザフィルはにんまりと笑んだ。
「奥手なお前のことだから、そんなことでもないと尻に火が付かんかと思ってな」
「何の話ですか、一体」
リィヤードは赤い顔で咳払いをした。
「私が言いたいのは、政略結婚のことです」
「え、何、お前政略結婚したいの?」
父親の冷静な返しに、息子は生真面目に応じる。
「いえ、特に私個人として望んでいるわけではありませんが・・・もしそれがこの国のためになるならば、私は」
「あー、それなら別にいい、必要ない」
払いのけるように手を振り、面倒臭そうに眉をしかめて、ザフィルは息子の言をさえぎった。
「今のところ、婚姻を結んでまで関係を深めるべき国もないし。国内に敵対勢力があるわけでもないし。政略結婚なんていたずらにするもんじゃないぞ、息子よ」
先王は、現王の目を見据えて言った。
「なにより、政略結婚なんかしてもし夫婦仲が悪くなったら、結びつきを強めるどころか、かえって事態を悪化させることになるんだぞ」
言い方は少々ぞんざいだが、その意見はまったく理にかなっている。聞きながらリィヤードは、目からうろこが落ちる思いだった。
(そうか・・・楽な逃げ道なんてないんだ)
やけになって政略結婚に走ろうとした自分が恥ずかしくなった。同時に、逃げ道が断たれたせいで、かえって少し安心する。少なくとも今の恋に決着がつくまでは諦めないでいよう、と思った。


「で?」
考えごとから戻って来ると、目の前の父親は再びにやけた顔をしていた。
「は?」
話の流れが分からず、リィヤードは間抜けな声を出す。
「は?じゃないだろ、まったく。プロポーズはどうするつもりなんだ」
「? プロポーズが何ですって?」
「察しの悪いやつだな。いいか、わしはな、お前はいつピアニィちゃんに求婚するのかと聞いておるんだ」
リィヤードは一瞬無表情で黙り込み、直後、全身を沸騰させた。
「なっ、それっ、プロっ・・・!」
口をぱくぱく動かすが、なかなか声が意味を成さない。対する父は、会心の笑みを浮かべ、息子の混乱ぶりを楽しそうに眺めている。
「まあ落ち着け、陛下」
「何をっ、だいたい父上が・・・! というかその『陛下』というのはやめてください! 貴方も陛下でしょうが!」
いつもどおりの父親の発言のおかげか、リィヤードはようやく言葉を取り戻した。ようやく反撃に出る――が。
「そもそも、どうして私がアニィにプロポーズするなんて話になってるんですか!?」
リィヤードは、そうとは知らず、自ら罠に足を突っ込んだ。
「そりゃお前、愛する女性に求婚して何がおかしい?」
まるであらかじめ用意されていたかのように、すぐさま返答される。――いや、実際用意されていた科白だったのかもしれない。
ザフィルの切り返しに、リィヤードは見事にうろたえた。
「あ、愛する女性? 何を勝手にそんなこと・・・」
「じゃあ聞くが、息子よ。お前はピアニィちゃんのことが好きなんだろう。違うと言えるか?」
「っ!」
ずばり核心を突かれ、リィヤードはもうこれ以上は無理だというくらい真っ赤に顔を染め上げ、まったく声も出せずに固まってしまった。
息子の分かりやすい反応を見て、ザフィルはからからと笑った。妻からの手紙を目の高さまであげて見せる。
「孝行は、親が生きてる内にしとくもんだぞ。どうせもう、心は決まっておるんだろう? さっさと結婚を決めて、城に呼んでやれ」


リィヤードは、思いを見透かされた恥ずかしさで混乱していたため、気づかなかった。
本当は、目の前で求婚をせかす父親も、遠方にいる母親と同じくらい、息子の幸せな結婚を望んでいるということに。









   
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