食い違う上座



オーベルジーヌの王子一行を歓待する宴は、彼らがフォンタデールの王城に到着した翌日の夜に催された。
宴といっても、少々豪華な晩餐会、くらいのものである。

この日一番の主役であるサイラスは、心なし硬い顔で上座についていた。にこやかな表情を浮かべてはいるが、いつもに比べぎこちない。もちろん、“歓迎の宴”の主催者側は普段の彼を知るはずもないから、そのぎこちなさに気づかなかったが。

そしてもう一人、様子のおかしい者がいた。サイラスの隣、つまり上座に座す者――フォンタデール国王リィヤードである。
リィヤードの前に並ぶ皿には、数々の料理が美しく盛り付けられていた。要するに、ほとんど食べた形跡がないのだ。
彼の目は、目の前のものを映してはいなかった。グラスに手をそえたまま、これまた口をつけもせずにぼんやりしている。
リィヤードの場合、日頃の過労が比較的広く認知されているため、多少ぼんやりしていても「ああ、陛下はお疲れなのだな」で片付けられている。


宴はくだけた雰囲気で、出席者は皆自由に立ったり席を移動したりしていた。動かないのは、サイラスとリィヤードくらいなものだ。


サイラスは、フォークを口に運びつつ、隣に座る王をちらちらと盗み見た。
(何と言って切り出せばいいのかな)
ライリーアの件についてリィヤードに話そうと決意し、こうしてその機会を得たまではよかったのだが、いざとなるとどうにも話しづらい。昼間からずっとあれこれ考えてはいるのだが、いっこうにうまい話し方など浮かびそうもない。
(だからといって、いつまでも黙っているわけにはいかないしなあ・・・よし)
サイラスは腹をくくった。
とりあえず、個人を特定できないようなかたちで話してみよう。そう、ちょっとした世間話のように。

サイラスは、意を決して口を開いた。
「あの、リィヤード陛下。つかぬことを おうかがいしますが」
「はあ、何ですか・・」
リィヤードは朝から考えごとに没頭しているため、気の抜けた言葉しか返せない。しかし、サイラスはサイラスで必死だったので、そんなことに頓着する余裕はなかった。
「あくまで仮定の話として聞いてください」
「ええ・・」
サイラスは一呼吸置くと、極力何気ないふうをよそおって言った。

「王族と 他国の人間が結婚する、ということについて、陛下はどう思われますか?」

リィヤードは、今朝に続き本日2度目の、頭を殴られたかのような衝撃を味わった。実際に殴られたわけでもないのに、反動で身体が傾き、あやうくグラスを倒しそうになったほどだ。
(落ち着け、落ち着け)
リィヤードは内心で自分を叱咤した。はじめてグラスに口をつけ、混乱を洗い流すように中身をのどにすべらせる。
効果があったのか、少しだけ冷静さを取り戻し、サイラスの言葉を反芻してみるだけの余裕が生まれた。
(そうだ、別に誰もサイラス殿下とピアニィの話だなんて言ってないじゃないか)
ずっとそのことばかり考えていたため、とっさに今朝庭で見た光景と結び付けてしまった。きっと自分の早とちりだ。そうに違いない。
嫌な想像を頭の中から追い払いつつ、国王はつとめて平静に問い返した。
「それはつまり、政略結婚、ということですか?」
「え? ああいや、そうではなく・・」
応じるサイラスは、歯切れが悪い。
「そういう身分の二人が親しくなって、互いに好意を持つようになり・・・要するに、本人たちの意思で、ということです」

またもや頭に幻の痛みが走り、リィヤードは思わず額を押さえた。
それでも何とか反論をこころみる。
「し、しかし、王族が他国の人間とそこまで親しくなることなど、そうそう起こりえないかと思いますが」
サイラスは首を傾げつつ異を唱えた。
「ですが、片方が外交官だったりすれば、出会う可能性は十分にありますよね? ・・あ、いえっ、もちろんこれは、あくまで仮定の話ですよ!」
「・・・外交官、ですか」

(外交官って、たとえばサイラス殿下のように・・・?)
たしかに、外交官なら出会いの可能性はある。げんにピアニィとサイラスは、この王宮で出会っているのだ。さらに、長期滞在ともなれば、親しくなることも可能だろう。サイラス王子一行の滞在予定期間は2ヶ月。それだけあれば十分なように思われる。
反論に失敗し、リィヤードは今度こそ嫌な想像をぬぐえなくなってしまった。
サイラスが慌てて強調した『あくまで仮定の話』という部分を、リィヤードは完全に聞き流していた。

そんなリィヤードに追い討ちをかけるかのように、昼間考えていたことを思い出しつつ、サイラスはさらに言いつのる。
「それなりに力のある貴族の出身であれば、王族の伴侶としてつり合わないこともないですよね? たとえば、だいたい侯爵家くらいの・・・」
これはもちろん、侯爵家の人間であるライリーアのことを言っているのである。しかし、はっきり「侯爵家」と断定してしまうのはまずいと思い、サイラスは意図的に言葉尻をにごした。
これがまずかった。

(こ、“公爵”家・・・!)
リィヤードが見事に聞き違えたのである。
彼はまたもや打ちのめされた。なぜなら、公爵家の人間と聞いて真っ先に、スレート公爵令嬢――ピアニィが連想されたからだ。
サイラスの話が、フォンタデールの王族とオーベルジーヌの貴族とのことを指しているのであれば、それはすなわちリィヤードの縁談ということになる。なにしろ、フォンタデールの王族といえばリィヤードと彼の両親の3人だけであり、当然その中で未婚者はリィヤードだけだからだ。
しかし、今回オーベルジーヌの一行の中に女性はいない。となると、サイラスはリィヤードに縁談を持ちかけているわけではないだろう。
残る可能性は一つ。
オーベルジーヌの王族と――フォンタデールの貴族との、結婚。
たとえば、オーベルジーヌの第二王子と、フォンタデールの公爵令嬢の・・・・・
リィヤードは、推測のたどり着いた先を信じきれず、頭の中を真っ白にして呆然と固まった。

(陛下はどうされたんだ?)
サイラスは焦った。完璧に礼儀作法を会得しているはずの国王が、他国の賓客を前に固まっている。理由は不明だが、これは何やら衝撃を受けているようだ。
(もしかして、ピアニィ嬢の話だと気づかれている・・・?)
どこで気づかれたのかまったく心当たりはないが、そうなればもはや、賛成してもらえるようにもっていくしかない。だんだん混乱してきた頭を叱りつけ、サイラスは無理矢理言い足した。
「あの、陛下、大丈夫ですよ。王族と言っても、王位継承者ではなければ、それほど国政に負担をかけるようなことにはならないかと・・」

しかし、サイラスの狙いははずれた。固まっていた王が、敏感に反応したのだ。
「お、王位継承者ではない!? あ、いや、しかし、そういう問題では・・」
リィヤードは蒼ざめつつ考え込んだ。
サイラスは、オーベルジーヌの王位継承権を持っている。しかし、第一王位継承者ではないから、実際に王位を継ぐ可能性はさほど高くない。つまり、「王位継承者ではない」と言ってもおかしくないのだ。
(やはりこの話は、サイラス殿下と、・・・・)
リィヤードは、それ以上何も考える気が起こらず、力なく首を垂れた。

サイラスは、不自然に手を空中にさまよわせた。うろたえているのである。リィヤードが沈んだ表情で黙り込んでしまい、どうしたらいいのか分からなかったのだ。
冷静になってもらおうと、あえて政治的な立場から言及してみたのだが、何か余計なことを言っただろうか?
配偶者が王であれば、それは強力な後ろ盾となるし、その気になれば国政に影響を与えることも可能だろう。しかし、たとえ配偶者が王族の一人であったとしても、それが王以外であれば、影響力はぐっと弱まるはずだ。
存在が公にされていない以上、ピアニィが王位継承者ということはありえない。おそらく、フォンタデールの王位を継ぐことになるのは、現国王リィヤードの子どもだろう。となれば、ピアニィの配偶者になったからといってその人間が大きな権力を持つわけではないから、結婚に対するハードルも少しは低くなるかと思ったのだが・・・
(これはどうも、そういうわけにはいかないようだ)
リィヤードの予想外の反応を見て、サイラスは考えた。
おそらく彼は、ピアニィを手元に置いておきたいのだ。大切な妹を他国に嫁がせることに、不安を感じているのだろう。・・もしくは、まだ誰にも渡す気はない、といったところか。どちらにせよ、かなり妹思いの兄らしい。この様子では、縁談など絶対に無理だろう。
(・・・・やっぱり、ライリーアには諦めさせよう)
サイラスは早々にさじを投げた。もとより、ライリーアに義理立てするほどの理由も無い。彼の一目惚れは、一種の病気みたいなものだ。

すっぱり諦めた王子は、一仕事やり終えたような解放感を味わった。駄目でもともと、失敗してもがっかりすることはない。考えてみれば、ライリーアの恋を成就させるよりは、諦めさせる方がはるかに易しい気がする。負担が減ってありがたいくらいだ。
すがすがしい気分で一気にグラスを空けると、サイラスは隣席の王に微笑みかけた。
「おかしなことをお聞きして申し訳ありません、陛下。どうかこの話はお捨て置きください。」
まだ半分呆けたままのリィヤードは、ぎこちなく首を回してサイラスと視線を合わせた。
「は、はあ・・・」
「いえね、最近結婚について周りがあれこれ言うものですから。この年でまだ婚約者もいないとなると、政略結婚やら何やら、考えなければなりませんしね」
サイラスは、適当に誤魔化しつつ話を切り上げた。

とめていた食事の手を再び動かし始めたサイラスを、リィヤードは重たい気持ちで見つめた。
(捨て置くことができれば、どんなに楽か・・・)


リィヤードは、結局その後一口も料理を口にしなかった。









   
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