過分な親切



(ああ、頭が痛い・・・)
王城の廊下を歩きつつ、サイラスは額を押さえた。今朝から、この動作が癖になっているようだ。

「宴の時刻まで、どうぞごゆっくりおくつろぎください」
と言われ、自由な時間を得たはいいが、ちっともくつろぐ気にならない。そんなわけで、こうして意味もなく王城内を歩き回っているのだ。

サイラスの頭痛の種は、もちろん同僚の恋である。
恋に落ちたライリーアは、猪突猛進すぎて恐ろしい。ストーカーまがいの行為に走ることもある。相手の女性に好かれるどころか、怖がられてしまったことも一度や二度ではない。しかも本人は、なぜ相手に避けられるのか理由が分からないらしく、次の恋愛でも同じことを繰り返す。学習能力ゼロだ。
さらに、彼の恋は、職務に支障をきたす危険をはらんでいる。
ライリーアは、サイラスより3つほど年上なのだが、外交官になったのはつい最近のことである。職務に就いて日が浅いせいか、彼は今まで特にこれといった問題は起こしていない。そう、今までは。
しかし、今回ピアニィが何らかの被害をこうむるようなことがあれば、今後要注意人物と見なされるはずだ。そして、もし再び同じようなことを起こしたら、彼は職を追われるだろう。行った先々で恋に落ち、過剰なアプローチで相手方に迷惑をかけるとなれば、それが当然の処置である。
今回はまだ接触すら果たしていないようだが、このままいけば、それも時間の問題だろう。何しろ彼は積極的だ。

(今のうちに言葉を尽くして説得すれば、納得して諦めて・・・くれるわけないよなぁ)

くよくよ考えながら歩いていると、突然背中から声を掛けられた。
「殿下。前を」
「まえ? って、うわ!」
あやうく柱にぶつかりそうになり、サイラスは慌てて足を止めた。額を押さえた手に視界をさえぎられ、前がよく見えていなかったのだ。
王子は後ろを振り返る。
「ああ、サーライル。付いて来てくれたのか」
小柄な従者は無言でうなずいた。さきほど王子に注意をうながしたのは、この従者であった。
サーライルは神出鬼没の人物で、ふと気がつくといなくなっているのに、用事を言いつけようと思うといつの間にやら側にひかえていたりする。今もまた例によって、必要な場面に居合わせたというわけだ。
とりあえず職務は果たしているのだからと、サイラスは彼の好きにさせていた。


前に向き直り、再び歩き出そうとして、サイラスははたと立ち止まった。
そういえば自分は、ライリーアの恋をいかに収めるかということばかり考えている。それが成功する可能性については、微塵も考えたことがなかった。
たしかに、過去の実績は連戦連敗である。しかし、今回も同じと決まったわけではない。
(いくらなんでも、これはライリーアに失礼じゃないか)
サイラスは、ライリーアの恋が成就する可能性について考えてみることにした。

ライリーアは、酒と夜遊びが好きで、良い評判ばかりとはお世辞にも言えないが、根は悪い人間ではない。彼が遊びまわっているのは、それだけ彼を慕い、招待してくれる人が多いということでもある。実は案外人気者なのだ。
それに、運命がどうとかふざけたことを言っているようだが、あれで本人は真剣なのである。その証拠に、彼は恋に落ちるたび「結婚する」と言う。一回一回が、一生をかけるほど本気の恋なのだ。
そういうところは見習ってもいいと、サイラスはひそかに思っていた。
(応援してやりたい気持ちがないわけでもないんだけどなぁ・・・)

次に、もう少し現実的な面にも考えを広げる。
ライリーアの中では、『恋愛=結婚』という図式が成り立っているらしい。しかし、ライリーアとピアニィの結婚は、可能性としてありうるのだろうか?
なにしろ、相手はフォンタデールでもっとも身分の高い女性の一人である。もし万が一ライリーアを気に入ってくれたとしても、結婚となると話は別だ。
果たして彼は、相手としてふさわしいだろうか。
この点においても、何とかなりそうではあった。ライリーアは、オーベルジーヌの貴族――侯爵家の人間である。本国における身分は、決して低くないのだ。他国の王妹との婚姻も、あるいは可能かもしれない。

(よし。ここは一つ、リィヤード陛下にそれとなくうかがってみよう)
サイラスは決意した。
少々お人好し過ぎる王子であった。

くるりと踵を返すと、当然ながら従者が立っていた――立ち止まった主の次なる動作を待つように。
「部屋に戻るよ」
すれ違いざまに声を掛け、サイラスは与えられた客室へ向かった。従者もすかさず向きを変え、足早にそれを追った。
「殿下」
歩を進めながら従者が言った。
「何だ?」
王子は前を向いたまま、短く応じた。
「過分なお心遣いは、かえって仇になります」
「ああ、うん、分かった」
この従者は、サイラスが何か行動を起こそうとするとき、ときどき助言をする。助言と言っても、「問題ありません」とか「ご用心を」といったような、励ましや忠告めいた抽象的な言葉ばかりだったが。それでも、その助言が的外れだったことはない。
しかしながら、このときのサイラスは、リィヤードに話をどう切り出すかということばかり考えていたため、従者の言葉をちっとも聞いていなかった。


そして、王子のこの親切心は、後に思わぬ影響をもたらす。









   
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