目撃者の恋わずらい



その日国王は、朝から元気がなかった。執務机についても、ため息をついてばかりで仕事の手が進まない。
近くの机でペンを動かす王佐は、薄ぼんやりした主を観察しながら、声を掛けるタイミングをはかっていた。
事情は分からないが、物思いの対象は察しがついた。
おそらく、――ピアニィだ。



王佐の推測は大当たりで、まさに今リィヤードの頭を占めているのは、かの公爵令嬢であった。
原因を説明するには、日の出の時間までさかのぼらなければならない。

つまり、朝の庭園でピアニィを目撃にした人間が、サイラスとライリーアの他にもう一人いたのだ。
そう、リィヤードである。
彼が早朝の庭にいたのは、ライリーアと似たような理由からだった。すなわち、いつもより就寝時刻が早かったため、起床時刻もずれこんだのだ。ただしリィヤードの場合、日頃遅くまで起きているのは、仕事のためである。決して夜遊びにふけっているわけではない。ついでに言うと、睡眠時間そのものが短いため、普段の起床時刻もライリーアよりずっと早い。

とにかくそんなわけで、いつもより早く起きた王は、久しぶりに朝の散歩に出かけた。
そのコースの途中に、幼馴染の少女がいたのだ。


タイミングの悪いことに、リィヤードが見かけたとき、ピアニィはサイラスと向かい合っていた。
(あれは・・・ピアニィとサイラス殿下?)
リィヤードは、木々の合間から食い入るように二人を見つめた。
どうやら二人は、何か話しているようだ。声は聞こえるが、何を言っているのかまでは分からない。リィヤードは、やきもきしながら様子を見守った。
――と。
ピアニィが、サイラスの発言を受け、輝くような笑みを浮かべた。胸の前で両手を組むのは、嬉しいときの彼女の癖だ。
リィヤードは、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
サイラスは、一体ピアニィに何と言ったんだ? 何があんなに彼女を喜ばせる?
呆然と立ち尽くすリィヤードの存在に気付く様子もなく、二人は楽しそうに談笑しながら王宮内へと戻っていった。

登場のタイミングを完全に逃したリィヤードは、庭から戻った後もずっと、朝見た光景について考え込んでいるのである。

考えていて、リィヤードは何だか憂鬱になった。
サイラスは、見目の良い青年だ。それだけでなく、性格もとても好感の持てる人物である。おまけに、将来有望な王子様ときた。
年若い女性が彼に恋をしたとて、何の不思議があるだろう? 当然と言うか、必然にすら思える。近くにそんな青年がいれば、少なからず心を動かされるはずだ。

もちろん、ピアニィがサイラスに恋をしていると判断するのは尚早だろう。
しかし、今考えた理屈が、彼女にも当てはまるとすれば――

考えれば考えるほど気持ちが沈み、リィヤードは盛大なため息をついた。
いくら考えても、実は彼自身がなかなか見目の良い人好きのする王だいう事実には、たどり着く気配もなかった。


そんな調子だったから、昼食の時刻だと言い出しかねている王佐の様子に気付くなど、なおさら無理な話であった。









   
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