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王子の心労



「やあサイラス! 今日も世界は美しいな!」

サイラスは、口に運んでいたカップを置き、苦しそうに咳き込んだ。なんとかそれをやり過ごすと、同僚をにらみつけて抗議する。
「いきなり人の部屋に入ってきて、何事だよ! ライリーア!」
「何を今更。出会ってから今まで、俺がお前の部屋の扉をノックしたことがあるか? ん? どうだ?」
開け放った扉を勢いよくバタンと閉め、赤毛の青年はつかつかと部屋の主に歩み寄った。
「今日だけノックをしたら、お前が驚くかと思ってな、やめといたんだ。思いやりがあるだろう?」
自信満々に胸を張ってそう言われ、サイラスは頭を抱えた。
「ノックをするか、でなきゃいきなり変なことを言うのをやめるか、どちらかを選んでくれ、せめて」
無駄と知りつつも、注文をつけずにはいられない。
案の定、突然の入室者はまったく悪びれる様子もなく、用件を切り出した。
「俺は今日、一大決心をした」
「・・・・」
サイラスは、続きを促すような発言をひかえた。ライリーアのこの科白は、厄介事の前兆であることが多いのである。頭を抱えていた手をずらし、耳をふさぐ。興奮したライリーア特有の、馬鹿らしいほどの声量を考えれば、これまた無駄なことだと分かってはいたが。

ライリーアは、相づちがあろうとなかろうと、ついでに言えば聞き手がいようといまいと関係ない、といった調子で発表を続けた。
「聞いて驚けよ。なんと、・・・結婚することにした!」
「・・・・またか」
サイラスは、座っていた長椅子の背もたれを、ずるずるとすべり落ちた。

ライリーアの惚れっぽさは手に負えない。
過去に数回 彼の恋愛騒動に巻き込まれたサイラスにとって、それは身をもって知らされた事実だ。彼の思い込みの激しさや、一途を通り越した暴走っぷりは、傍で見ていて心臓に悪い。恋をした彼を止めるには、こちらも全力で挑まなければならない。
自分が心臓の病に倒れたら、それは絶対この青年が原因だと、サイラスは密かに確信していた。

非常に気が進まないが、他国で暴走する彼を見過ごすこともできない。事が大きくなる前に、なんとか食い止めるしかないだろう。
自国の外交における利益やその他諸々を考慮して、王子は観念した。
「で、その相手は誰なんだ?」
こう聞くと、恋する青年はあっさりと答えた。
「いや、名前は知らないんだが」
「おい!」
それでは、相手に根回ししてライリーアから遠ざけることもできない。
「それじゃ、どこの誰だかまったく分からないというのか!?」
ライリーアは、胸を張って言ってのけた。
「いや、俺は彼女について二つのことを知っている。一つは、彼女はとても可憐で美しいということ。もう一つは、彼女が俺の運命の乙女だということだ」
「ああっ、まったく! 誰かこの馬鹿をどうにかしてくれ!」
サイラスは取り乱して、手近にあったクッションをしきりに長椅子に叩き付けた。
温厚な王子をここまでいらだたせることができる者は、ライリーアをおいて他にいない。

赤毛の外交官は、すすめられてもいないのに、勝手に長椅子に腰掛けた。舞うほこりにも、向かいの席でそれを発生させ続けている王子にも注意を払わず、夢見るような口調で続ける。
「ああ、本当に、あんな美しい乙女がいるとはな。美しい青の瞳で、一心につぼみを見つめていた・・・きっと花を愛する優しい女性なんだ」
サイラスは、振り上げたクッションを取り落とした。
ぎこちなく首を回して、回想にひたるライリーアを見る。
「花のつぼみを、見ていた・・・?・・・青い瞳で?」
「ああ、どんな宝石もかなわないほどの美しい瞳だった。あれほど美しい色は、この世に二つとないだろう。そう、例えるならば」
「青い瞳で、花を見ていたんだな? もしかしてそれは、栗色の巻き毛をした、赤いドレスの令嬢のことか? 朝早く、庭園にいた?」
恋する青年の余計な比喩をさえぎって、サイラスは回答を迫った。
ライリーアは、きょとんとして答えた。
「なんだ、お前も彼女に会ったのか?」
どんぴしゃだ。
サイラスは、再び頭を抱えてうなった。いくらなんでも、王の血縁者に懸想するのは勘弁してもらいたい。これでは、本気で外交問題になりかねないではないか。
「悪いことは言わない。彼女はやめておけ、ライリーア」
「はあ? 何を言うか。・・・・いや、まさかお前」
ライリーアの顔色が変わった。険しい表情でサイラスをにらみつける。
「はっきり言っておくが、恋敵が王子だからといって、俺は手加減しないぞ」
サイラスは、長椅子の背もたれをずるずると滑り落ちた。









   
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