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可憐なるつぼみの乙女



時間はさかのぼって、サイラスとピアニィが出会うほんの数分前。
王宮庭園には、サイラスよりさらに早く起きだした男がいた。オーベルジーヌの外交官、ライリーア=ベスクマイヤーである。

一応断っておくと、彼は朝型人間ではない。酒と馬鹿騒ぎを愛するライリーアにとって、夜遊びは最大の喜びであった。起床の挨拶に「おはよう」を使うことの方が少ないくらいだ。
そんな彼がなぜこんなにも早起きなのかといえば、前日の夜 期待していた宴会がなかったからである。失望して早々に不貞寝を決め込んだら、 結果的に早く目が覚めてしまったのだ。
当然、日の出と共に朝食が給されるわけもなく。
話し相手もなく。
初めての土地で時間を潰すための、愉快な手段も持ち合わせていない。
そんなわけで、“朝飯前の散歩”という柄にもなく健康的なことをするはめになったのだ。


(これで今夜も宴会が中止になったら、外交問題として訴えてやる)
などと実現性の低いことを考えながら、赤毛の外交官はさくさく草を踏んでいた。

薄いもやに包まれた庭は、植物の静かな気配に満ちている。歩くのに不自由はないが、やはりまだ薄暗い。
しかし、視界の悪さをもってしても、この王宮庭園が なかなかよく手入れされていることは分かった。それに、面積もかなり大きいようだ。
(城は狭いが、敷地は狭くないな)
というのが、ライリーアの感想だった。前日到着したときはじめて目にした王宮は、思ったよりこじんまりとした印象だったのだ。もっとも、“大国”と呼ばれるオーベルジーヌの王城と比べるのは、間違っているのかもしれないが。


しばらくぶらぶら歩いていると、前方に人の気配を感じた。はっと身構え、慎重に歩を進める。
(こんな朝早くに、一体誰だ?)
庭師だったらはさみの音くらい聞こえてきそうなものだが、前方の人物はまったく音を立てていない。静かに朝の散歩を楽しむ城の住人だろうか。しかし、それもまた不審に思われる。今の時間帯に庭を散策するような人間は、少なくともライリーアの知り合いにはいない――約一名を除いては。
(・・・サイラスか?)
心当たりを思い浮かべた直後、茂みの合間から、一人の少女が見えた。
低木の前で軽く身をかがめ、枝先の膨らんだつぼみを一心に見つめている。

ライリーアはひと時、呼吸も忘れてその少女に見入った。

彼女は美しかった。
小さな唇は、視線の先にあるつぼみと同じ紅色。しかしその質感は、かたく閉ざしたつぼみとは対象的に、ふっくらと柔らかそうだ。唇の色をもっと深くしたような紅いドレスが、彼女の存在を緑の庭から浮き上がらせているように見えた。
つぶらな瞳は、澄んだ水をたたえた泉のように青い。ぱっちりと大きいせいで、遠目にもその輝きが見てとれる。
そうしたパーツをなめらかな輪郭がまとめ上げ、絶妙な調和を生んでいた。それをさらに、 細い髪の毛が一本一本繊細なカールを描きながら、柔らかく包み込んでいる。

少女は、自分の持つ美しさのすべてを、惜しげもなくさらしているようだった。――じっと一所にとどまり、つぼみを見つめ続けることによって。
彼女は、しげしげと観察されていることになど微塵も気付かず、ただひたすらつぼみに心を傾けていたのだ。

(なんと可憐な・・・!)
ライリーアは、一瞬で心を奪われた。
こんな経験は、生まれてこの方まだ5回くらいしかない。
(あの乙女こそ、俺の運命の人に違いない!)

ライリーアは、面食いだった。









   
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