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再会の抱擁、誤解の前兆



王が隣国の一行を連れて王都に戻ったのは、出立してから5日後のことだった。
と言うのも、行きは雨のため1日で進める距離を2日かけて進むはめになり、帰りは雨こそ降らなかったものの、オーベルジーヌから来た人々が慣れない道のりに難儀した。ついでに、サイラスがたびたび質問するせいで、どうしても足がゆっくりになった。結果、2日分の距離に5日もかけてしまったわけである。


「とにかく、殿下を無事王宮にお迎えすることができそうでよかった」
王宮への道すがら、リィヤードは馬上で安堵のため息をついた。
「そうですね。予定より延びましたが、まあこの程度は想定内ですし」
斜め後ろで馬を進めるシリスも、安心したように微笑みながら応じた。
そうして二人は、しばし無言で馬を進めた。

リィヤードが考えていたのは、愛しい幼馴染のことだ。
今頃彼女はどうしているだろう。
わがままを言う相手がいなくて、寂しい気持ちでいるだろうか。それとも、いつも自分に言うのと同じように、別の人間にわがままを言っているのだろうか。
ああそうだ、私のことなど忘れて、他の誰かと笑っているかもしれない。
・・・などと、まるで1年以上も城を空けていたような錯覚を起こし、一人切なさにひたっていた。

一方、その隣では、王佐がせわしなく思考を展開させていた。
ここまでは、だいたい思い通りに進んだといっておこう。
問題はこれからだ。
式典が始まれば、また厄介事が起きるに違いない。
正規の、形式的な式典は問題ない。
心配なのは、その他の演目である。
特に、今回の企画には想定外の乱入者があったため、準備不足な部分も多い。それをいかにうまく乗り切るかは、当日の臨機応変な対応にかかっているだろう。
まったく、なぜよりにもよってこんな時期に氷菓の店が開店するんだ・・・。
と、罪のない氷菓店に心の中で悪態をつくシリスであった。


 *****


一行が王宮に着くと、前庭に集まっていた城の人々は歓声を上げた。
「おかえりなさいませ、陛下!」
「ようこそおいでくださいました、オーベルジーヌの高貴な方々!」
「王子殿下はどちらに!?」
「ああ、マントがすっかりほこりまみれですわ、早く洗わないと」
「将軍、道中何か異常は?」
「歓迎の宴のために、昨夜から若鶏を仕込んでおりました」
「学院長の天気予報、当たったみたいですね」
皆好き勝手なものに関心を向け、思い思いの言葉を投げた。とりあえず、全体的に歓迎ムードのようだ。
そんなまとまりのないようなあるような人々を目の当たりにして、サイラスは人好きのする笑みを浮かべた。馬に乗ったまま前に出る。その方が、離れた人にも顔が見えやすいからだ。
「お出迎えくださってありがとう、フォンタデールの皆さん。オーベルジーヌの第二王子、サイラスです。しばらくお世話になります」
その気さくな様子に、人々は再び歓声を上げた。先ほどと少し違うのは、女性陣の声が黄色がかっていることだ。


「お疲れでしょう、殿下。すぐ部屋へ案内させます。馬はこちらの者にお任せください」
馬を降りた王佐がサイラスに声を掛けた。その後ろに、馬番らしい男がひかえている。
サイラスは馬から降り、手綱を渡すかどうか思案した。すると、隣から音もなく手が伸ばされ、やんわりと手綱を取られた。
「殿下の馬は私がお世話いたします」
「ああ、サーライル」
サイラスの馬を引き受けたのは、彼の従者だった。おそらくまだ10代とおぼしき従者は、小柄で無口で、目立たない人物だ。
シリスはこのとき、はじめて彼の名を聞いた。3日も共に過ごしていながら、名前すら知らなかったのだ。しかも、自分が彼の名前を知らないということ自体気付かなかった。そんな事実に、シリスは内心驚きを覚える。
「じゃあ頼むよ」
サイラスは従者に向かって軽く手を上げ、謝意を示した。サーライルと呼ばれた従者は、頭を下げてそれにこたえると、馬番に従い厩舎へ馬を引いていった。

従者を見送ると、王子はシリスの指示に従おうと向き直った。すると突然、
「兄様!」
という声が耳に飛び込んできた。声のあふれる前庭にあっても、ひときわ響く明るい声だ。
サイラスがそちらを見やると、少し離れたところで、リィヤードが誰かと抱き合っていた。相手は、栗色の巻き毛の女性だ。顔はリィヤードの腕に隠されているためよく分からない。おそらく、先ほどの言葉は彼女が発したものと考えて間違いないだろう。しかし、ひっかかるのは・・・
(「兄様」?)
サイラスはいぶかしく思った。リィヤードに妹がいただろうか? というより、そもそも彼に兄弟姉妹はいなかったはずだ。その程度の家族構成は、外交官として当然調査済みである。
「兄様」という呼びかけさえなえれば、婚約者か何かだろういうことで納得できるのだが。
(従妹か、もしかしたら妾腹の妹かな・・・?)
王佐にうながされるまま城へと向かいつつ、サイラスは一人推理にふけった。


一方、サイラスが自分たちの関係に頭を悩ませているなどとはつゆ知らず、抱き合った二人は再会の喜びにひたっていた。
“栗色の巻き毛の女性”とは、もちろん かの公爵令嬢である。
「兄様・・・ずいぶん遅いから心配したわ」
間近から見上げる瞳は、微笑みながらもかすかに潤んでいた。その視線を受け止め、王は目を細める。
「ああ、ごめんね。ただいま、アニィ」
「おかえりなさい」
リィヤードは、ピアニィをとらえる腕の力を強めた。先日令嬢に触れることをひどくためらっていた青年と、同一人物とは考えにくい。彼の胸に顔をうずめる令嬢も、先日寝顔を見られたことにひどく動揺していた少女と同一人物とは到底思えなかった。
久しぶりの再会・・・というほど離れていたわけではないが、この5日間は二人のたがをはずすのに十分な期間であったらしい。
もしくは、挨拶の範疇として捉えているため平気なのか。
もっとも、そのあたりの真意は、誰にとってもどうでもいいことであった。

そんな二人を、周りの人々はにこにこしたり苦笑したりしながら、遠巻きに眺めていた。
水をさすようなことはせず、放っておいたままそれぞれの仕事に取り掛かった。










   
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