至極優秀な外交官



オーベルジーヌの王子らと落ち合った翌日から、早速王都へ向けての短い旅がはじまった。

サイラスは気さくな青年だった。
そのいかにも王子らしい外見と反するように、振る舞いは好奇心旺盛で無邪気だ。はじめて訪れる異国の様子を楽しみ、疑問に思ったことは何でも口にする。そんな彼に、リィヤードは早くも心を許しはじめていた。

さらに、この二人には共通の話題があった。それは、植物だ。
移動がはじまって間もなく、サイラスが道端の野草に目を留め、これは何かと尋ねた。それは、花もついていない、丈の短い地味な草だった。
変わったものに興味を持たれるのだな、と思いながら、リィヤードはその野草の名と、簡単な特性を教えた。
そのようなことが数回続き、リィヤードはそのたびに、のんびり馬を進めつつ丁寧に答えた。

そして、8度目の質問のとき。
「それは、ツックといいます。今は葉だけの地味な草ですが、開花時期には素晴らしい花をつけますよ。その蜜は、不眠症の・・・どうかなさいましたか、殿下」
馬を並べたサイラスが、リィヤードの顔をじっと見つめていた。
「さっきまでは質問に夢中で気付きませんでしたが」
「はい?」
「ずいぶんお詳しいんですね、陛下」
「ああ」
リィヤードは照れ笑いを浮かべた。
「学生の時分は、薬草学を専攻していたんですよ。・・・といっても、基礎の基礎しか習得できませんでしたが」
「薬草学ですか」
サイラスは、それを聞いてぱっと表情を明るくした。
「私は、植物学をちょっとかじりましたよ。もっとも私の場合は、主に観賞用の花を咲かせる植物について学んだのですが」
「花がお好きなんですか?」
リィヤードは問いかけながら、サイラスの華やかな容貌にはいかにも花が似合いそうだと思った。しかし予想外なことに、サイラスの答えはもっと実用面に重きを置いたものだった。
「いえね、花はしばしば贈り物にされるでしょう? 私も、外交の用事で他国におもむくとき、日持ちする花を訪問の記念に贈ることがあるのですよ。そうでなくとも、季節の花は天気と同じくらいよく話題にのぼりますからね。一般常識としても、知っておかなければ不自由するのです。もちろん、自国に生息する花だけでなく、他国のものに関してもある程度知識がありませんと」
「なるほど、そういう事情だったのですか」
リィヤードは目の覚める思いで、同い年の王子の話に耳を傾けた。
「殿下は、早くから外交の仕事を志しておられたのですね」
「ああ・・まあ、そういうことになるでしょうか」
サイラスは苦笑した。彼にしては珍しく、歯切れの悪い答えだ。しかし、一瞬間をあけると、開き直ったように言葉を継ぐ。
「なにしろ私は、生まれながらの外交官ですからね」
オーベルジーヌの外交を担う王子は、手綱を握ったままおどけるように肩をすくめた。その不思議な言い回しに、リィヤードは疑問を覚える。
「生まれながら・・といいますと?」
「私の中間名である“ルート”というのは、外交官という意味合いを持つ言葉なのですよ。なんでも、私が生まれたとき、『この子どもは、将来 対外面で国を豊かにするだろう』との託宣を授かったらしくて、この名前を付けられたんです」
「まさか、それで今の役職に?」
託宣にしたがって、仕事を割り振られるなどということがありうるのだろうか。もし実際そうであっても、にわかには信じがたい。
「いえ、外交職に就いた一番の理由は、いわゆる消去法です」
リィヤードは虚を突かれた。
「しょ、消去法?」
「ええ。私の兄弟ときたら、変わり者ばかりでね。個性的というか・・・とにかく、外交など務められそうなのは、私と長兄くらいなものです。その兄は王太子ですから、もう私しか残っていないというわけですよ」
言いながら第二王子は、兄弟たちのことを思い出しているようだ。やれやれ、と大袈裟に首を振って見せながらも、目元の笑いを隠しきれていない。少なくとも彼は、そんな兄弟たちを嫌いではないのだろう。それが傍目にもよく分かって、リィヤードは思わず微笑んだ。

「そんなふうに悪口言ってると、化けて出られるぞ」
そこで突然、後続の馬から言葉が投げられた。振り向くと、声の主が赤毛の大柄な青年だと分かる。20歳を少し過ぎたくらいの彼も、オーベルジーヌの外交官の一人だ。
リィヤードは少々面食らった。この隊列の中で最も身分の高い二人の会話に突然割り込むとは、ずいぶん ぶしつけだ。もっとも、そのせいでリィヤードが気分を害すことはなかったが。
そして、それはサイラスも同様らしく、赤毛の青年に気安く答える。
「化けて出るのは、死んだ人じゃないか?」
「お前の兄弟なら、生きてても化けるくらいの根性はあるだろう」
「あー・・否定はしないけどね。でも、化けられそうもない人間だっているよ・・・リリーとか」
「他には?」
「・・・・」
サイラスは黙り込んだ。どうやら、心当たりがないらしい。
その様子を見た青年は、にやりと口の端をつり上げた。
「俺の勝ちだな」
「おいおい、ただ私を言い負かしたかっただけなのか? だいたい今のは、私の弁論術不足じゃなく兄弟の性質のせいで言い返せなかったんじゃないか!」
サイラスが、はじめて聞くような大声で噛み付いた。リィヤードは、再び面食らう。サイラスは、それにかまわず主張を続けた。
「それに、私の兄弟姉妹は仮にも王族だよ! 不敬罪にあたるとか、そういうこと考えないかな」
「あの、殿下・・・」
「ほら、陛下が何かおっしゃりたいそうだ。さっさと黙れ。不敬罪にあたるぞ」
そう言う青年の言葉遣いこそ、一国の王子相手に不敬極まりない。
「あのなあ・・っ!」
サイラスは、続く文句を飲み込んだ。ぎりぎりと悔しそうに歯がみする。それから、ばつが悪そうにリィヤードに向き直った。
「お見苦しいところをお目にかけてしまい、申し訳ありません」
「いいえ」
言いながら、リィヤードは密かに胸を撫で下ろした。言い合いが幕を閉じたからではない。先ほどまで青年への反撃にかかりきりだったサイラスは、馬を進めながらもまったく前を見ていなかったのだ。隣の馬に乗った人間と話すのは問題ないが、後ろを向きっぱなしというのは言うまでもなく危険である。
リィヤードは、仕切りなおすつもりで言った。
「彼も外交官でしたね。たしか、名前は・・・ライリエールさんでしたか?」
「・・・いえ、彼の名はライリーアです」
サイラスが訂正した。答える前にわずかな間があったのは、小さく吹き出したためである。その際ちらっと投げた視線から判断するに、彼はリィヤードの記憶違いではなく、赤毛の外交官が名前を間違われたという事実の方を笑ったようだ。
そんな王子をにらみつけ、青年は改めて名乗った。
「ライリーア=ベスクマイヤーと申します、陛下。以後お見知りおきを。」
馬上で姿勢を正した彼は、外交官の見本のような礼儀正しさだった。









   
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