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小雨の別れ



その日は朝から、細かい雨が降っていた。
王城の門前には、国の重鎮その他が顔をそろえている。皆、雨よけの長いマントを頭からすっぽりかぶっているせいで、誰が誰だか見分けにくい。水分に煙る視界の悪さが、個人の判別をさらに困難にしていた。
明らかなのは、人々の群れが二組に分かれていることだけだ。馬の手綱を持つ者と、そうでない者と。
手綱を手にした者達は、これからオーベルジーヌの賓客を迎えるべく国境へ向かう一行だった。


「それでは、留守を頼むよ」
栗毛の馬にまたがった若き国王は、凛とした瞳で見送りの面々を見やった。
「心得ております、陛下。どうかお気をつけて」
皆を代表して、フィメ侍従長が頭を下げる。それに頷き返してから、リィヤードは後ろの馬に声を掛けた。
「先生、雨は止みそうですか?」
「ええ。この時期ですから、あと半日といったところでしょう」
質問を受けた馬上の人は、空を見上げながら答えた。持ち上げたマントのフードから、年齢の分かりにくい顔と、薄墨色の前髪がのぞく。王立学院長の、シール教授である。
彼が一行に加わったのは、外務大臣の代理を務めるためだ。
老齢のため乗馬を控えているバレ伯爵の代わりとして、オーベルジーヌの事情に通じた、それなりに地位のある人間が必要だった。弱冠30歳という若さながら、学院長の地位を誇るシール教授は、知識の面でも体力の面でも、まさに理想的な代役といえた。
専門外なはずの気象学の知識を披露すると、彼は質問の主に微笑みかけた。それを受け、リィヤードは安堵の表情を浮かべる。昔から、シール教授の天気予報は百発百中だ。

「行こう」
居並ぶ馬の乗り手に向けて、王は出発を宣言した。
メンバーは、リィヤード、シール教授、王佐のシリス、護衛としてサイル将軍とその部下数名。注意して見ると、見送りの人と見送られる人とでは、マントの形が微妙に違う。
先頭を切るリィヤードが、馬首を街道に向けかけたその時。

「にい・・・陛下!」
見送りの後ろの方にいたスレート公爵令嬢が、耐えかねたように声を上げた。なごやかな旅立ちの場面に似合わぬ、妙に切羽詰った呼びかけだった。
リィヤードはすぐさま馬首を返したばかりか、わざわざ馬から降りてピアニィに対面した。それを見た人々は、皆そろって、フードの陰で苦笑する。
「どうしたの、ピアニィ」
いつも通りの柔らかな調子で、リィヤードは言った。フードに隠れた相手の顔をのぞき込むように、軽く身をかがめる。
「あの、・・・陛下」
リィヤードにみつめられ、ピアニィはゆっくりと口を開いた。
「どうぞ、お気をつけて。雨で見通しが悪いですが、お怪我などなさらぬよう」
「ああ」
「晴れた後も、地面のゆるみにお気をつけくださいね」
「分かった」
「それから、・・・」
ピアニィの瞳が、リィヤードの瞳を射抜いた。
「早く帰ってきて、兄様」
口に出したことはどれも本心だが、本当に本気の本心は、最後の一言だった。

「うん、約束する」
リィヤードは微笑んで、ピアニィのフードを手の甲でのけ、彼女の額に口付けた。
一瞬、霧のような雨に頬をさらされたが、それを心地よいとピアニィは思った。










   
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