曲解の天才



「ああっ! もう駄目だわ!!」

王佐に与えられた城の一室。窓際に置かれたベッドに突っ伏す少女が一人。
「呆れられちゃった! このままじゃ舞踏会で踊ってもらえない!」
わああ、と嘆き続ける妹を眺めつつ、シリスは嘆息した。
「心配しすぎだ。別に陛下は怒ってなどいなかったろう」
兄の言葉を聞いて、令嬢はベッドから身を起こす。
「で、でも、あんなに何度も転んで、陛下に支えてもらって、迷惑かけたわ」
ピアニィは、部屋の戸口近くに転がる舞踏用の華奢な靴に、暗い瞳を向けた。腰掛けたベッドの掛け布を、ぎゅっと握り締める。
「執務室に入るときはうまくターンできたのに・・・ダンスのときは、緊張してしちゃって・・・」
言いながら落ち込みが増してきたのか、どんどん頭が下がり、小さくなった。 うわあん、と再びベッドに顔を伏せる。
シリスはもう一度ため息をつき、窓枠にもたれかかった。
自分に言わせれば、むしろリィヤードは、彼女の細いヒールに感謝したと思うのだが・・・。

しばらくして、どうにか喋れるようになったピアニィは、ドレスのしわをのばしながらベッドに腰掛けた。
「そ、それに・・・っ」
潤んだ瞳で、立ったままの兄を見上げる。
「シリスも聞いたでしょう!? 兄様が私のこと“妖精みたい”って!」
「・・・ああ」
シリスはそっと目をそらした。その発言を聞いたとき、砂を吐きそうになって執務室の隅で口を押さえていたことは黙っておく。
そんな兄の反応など眼中に入らぬ様子で、令嬢はまくし立てた。
「妖精よ、妖精! 分かる!?」
「あ、ああ。たしか、背中に羽が生えている、小さい・・」
「そう! その、小さいのよ!」
妹に気圧されつつやっと答えた兄の言葉は、すぐさまさえぎられる。
「兄様にとって私は、可愛がるべき小さな子どもにしかすぎないんだわ!!」
そのまま勢いよく掛け布に突っ伏す。せっかく落ち着いたと思ったら、また逆戻りだ。
「・・・・」
シリスはコメントを返せなかった。なぜなら、あんまり呆れてものも言えなかったからである。
どうしてこの妹は、“妖精みたい”という言葉をこんなふうにしか解釈できないのだろうか。普通なら喜ぶべきところだろう。いや、むしろ、手放しの称賛に恥ずかしくなるほどだ。
なんともはや、不毛な人間である。

しかしながら、本当に哀れなのは、彼女を妖精にたとえたかの青年だ。
まさか、自分の褒め言葉がここまで盛大に曲解されているなどと、誰に想像できようか。


どうしたものかな、とシリスは考えた。
はっきり言って、ピアニィの解釈の仕方はシリスの理解を超えている。彼女の方をどうにかするのは無理な気がする。
となると、リィヤードの方をどうにかするか。
ピアニィに対して比喩表現を使うべきではないと、さり気なく伝えた方がいいかもしれない。しかし、そんなことをさり気なく伝える方法など、すぐには浮かぶはずもない。
・・・何にせよ、気力を削られる仕事だ。


王佐用の掛け布を濡らし続ける妹を前に、シリスは久しぶりに泣きたいような心持ちがした。










   
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