ダンスはうまく踊れない



「きゃっ!」
「おっと」
細いヒールで重心をとるのが難しいらしく、先ほどからピアニィはしばしば転びかけていた。今ので6回目だ。
リィヤードの腕にしがみつきながら、ピアニィは泣きたくなるのを必死にこらえていた。

一方リィヤードは、眩暈がするのを懸命にこらえていた。
ピアニィは、指も肩も腰も、何もかもが細くて華奢で、柔らかい。
彼女が倒れ掛かってくるたび、ふわふわとゆれる髪から甘やかな香りが漂う。
何だかくらくらする。正気が薄れていくようだ。

「やっ!」
「わっ」
また令嬢がつまづいた。
「ご、ごめんなさいっ」
(ああ、もう嫌!)
「いや、気にしないで」
(ちょっと、さすがにそろそろ勘弁してくれないかな)
別な意味で限界を感じつつ、二人はぎこちなく踊り続けた。そんな調子だから、さらに転ぶ確率が増す。

転倒未遂が15回を数えるころ、ようやく助け手が現れた。
「そろそろお疲れでしょう、陛下」
いつの間にか入室していた王佐が、制止の言葉をかけたのだ。
「ああ、ちょっと休もうか」
内心ほっと胸を撫で下ろしつつ、リィヤードはピアニィに微笑みかけた。そのあからさまな安堵の表情に、ピアニィ寂しそうな笑みを返す。
「そうですね」


 *****


「あいたたた・・」
「お疲れ様です、陛下」
執務室に戻るなり、リィヤードは椅子にぐったりと座り込んだ。緊張した姿勢を強いられたせいで、背筋や腰が少々痛む。
「大分 体がなまっておられるようですね」
くすりと王佐に笑われ、王は情けない顔を上げた。
「久しぶりだったからな」
うーん、と軽く背を伸ばす。
「だいたい、ダンスなんて式典の演目にあったか?」
「・・・2日前に決まりました」
「・・・・・ああ、父上か」
主従そろって沈黙。
ここ数日の間に、確実に演目が増えている。当然、例のあの人が犯人である。
この調子だと、ダンスの練習をしておいた方がよさそうだ。
なまった体と父親とを恨めしく思いつつ、王はため息をついた。


「よしっ、書状を書くぞ」
リィヤードは、気を取り直して気合を入れた。人生切り替えが肝心である。・・父親が関わっている場合は特に。 21年の付き合いが、彼にその訓示を染み付かせた。
「失礼のないよう、きちんとした書状に仕上げなければな」
リィヤードは、意欲に満ち満ちた瞳をして、ペンを握り締めた。そんな主に、王佐がすかさず釘をさす。
「とりあえず、徹夜はやめてくださいね」
「最近はきちんと寝ているよ」
リィヤードはすねたように訴えた。
「そうですか、最近は、ね」
王佐は軽くあしらった。そんな王佐の態度から、信用されていないことを感じて、リィヤードはさらに訴える。
「嘘じゃない。この間ピアニィの前で居眠りしてしまったからな、もうそんな失態がないよう気をつけることにしたんだ。
ああ、今思い出しても・・・・」
言いながら、その時の気持ちがよみがえり、リィヤードは少し頬を赤らめて下を向いた。たしか、目が覚めた後ピアニィに言われたんだよな・・・
と、ここまで思い出したところで、ふとひっかかるものを感じた。
「ピアニィは、何で眠っていたんだろう?」
「は?」
王の言葉の意味が分からず、王佐は聞き返す。
「待ちくたびれて眠ってしまったのか? でも、そのわりにはずいぶん深く眠っていたような・・・近くでシリスたちと話していても気付かなかったし、私が運んだときも、一向に目を覚まさなかったしなぁ。ピアニィの方こそ、睡眠不足なんじゃないか?」
シリスは、本気で不思議がるリィヤードをじっと見つめた。
「ピアニィも、色々と忙しいんですよ」
「色々って?」
「色々、です」
ふうん、と、何となくすっきりしない顔をしながらも、目下の仕事を思い出したのか、王は再びペンを持ち直した。
それを確認して、シリスも王佐用の机につき、自分の仕事に取り掛かる。

色々やっていますからね、誰かさんのために。
とは、彼は口にしなかった。
ただ、昨夜も遅くまでステップを練習していた妹を、一人思い出していた。








   
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