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王を惑わす眠り姫



リィヤードが会議を終えて戻ったとき、執務室は夕闇の薄暗さに包まれていた。明かりは点いていない。話しかけてくる声も、ない。そのことに、残念ながらもほっとする。
昼間駄々をこねて自分を困らせた可愛い幼馴染のことを思い出しながら、長椅子に目をやり―――
固まった。
そこに――リィヤードが部屋を出たときと全く同じ場所に、ピアニィがいた。まぶたを伏せ、小さく寝息を立てながら。

リィヤードは、ピアニィを起こさないよう、そっと近付いた。長椅子に身を預ける彼女の正面に回る。

公爵令嬢は、完全に眠っていた。
伏せられたまつげが、頬に淡い影を落とす。薄く開かれた唇が、ときおり微かに動いた。長椅子の背もたれが低いせいで、頭が軽くのけぞり、白い喉元がさらされている。

―――・・・触れたい。
(!)
ふっと心に浮かんだ言葉に、ひどく動揺する。自分を責めつつも、この状況では仕方ないとどこかで弁護に走ってしまう。
そんな調子で一人討論大会を繰り広げていたため、他者の気配に気付かなかった。

「・・・何をなさっておられるのですか、陛下」
「うわいやそのっ、まだ触ってないっ!!」
背後からの問いかけに、思わず無用な弁解を口にした。やぶへびである。
問いかけた人物――かの令嬢の兄は、じっとリィヤードを見つめた。
「触ろうとしていたのですね」
「いやそんな別に! まさか!」
否定しきれず、動揺したまま口走る。

そんな彼の動揺に拍車をかける人物が、続いてもう一人現れた。
「見たぞ、愚息よ」
「父上!」
リィヤードの父、先代国王のザフィルである。いつもにやけ顔の彼だが、今日はいつもの3割増しでにやにやしている。
「いかんなぁ、“陛下”。そりゃ、手っ取り早くて確実な方法に走りたくなる気持ちもわからんではないが、寝込みはいかんぞ」
「は? 父上、何を・・・」
父親の唐突かつ意味深な発言をいぶかしむリィヤードに、シリスが淡々と追い討ちをかけた。
「たしかに、国王陛下のお手つきとなれば、後宮入りを余儀なくされますね。本人の意思に関係なく」
「! なっ・・・っ」
リィヤードは、顔を真っ赤にして口をぱくぱく動かした。

「まさか、いくらピアニィを手に入れたいからといって、私はそんな・・・」
「おやぁ?」
父親の嫌らしい笑みが、リィヤードの言葉をさえぎる。
「誰が、誰を、手に入れたいって? え?」
「・・・・」
リィヤードは自分の失言に絶句し、手で口元を覆うと顔を背けた。今の自分が正常ではなく、喋れば喋るほど墓穴を掘っていくことにようやく気がついたらしい。

「とにかく」
気を取り直すように王佐が口を開く。
「ピアニィを別室に運ばなければなりません」
「それなら私が」
「駄目です。陛下にそんなことをしていただくわけにはまいりません」
立候補をあっさり切り捨てられ、リィヤードは少しむくれる。しかし、王佐はそれを無視した。
「私も一応仕事中ですから、他に誰か」
人を呼んで・・・と続くはずだった言葉は、ふいにさえぎられた。
「ん・・兄様・・・・」
男性3人は、一斉に長椅子に目を向ける。
ピアニィが、身じろぎをした。目覚めたかと思われた令嬢は、しかし再び眠りに落ちていった。
妹が完全に寝入っていることを確認した兄は、はぁ、とため息をついた。
「陛下、お願いできますか?」
リィヤードの顔が、隠しきれない喜びにぱあっと輝いた。
「もちろん!」


 *****


「まったく・・・我が妹ながら、睡眠中に指名するとは・・・」
王佐は、呆れ顔でそうこぼしながら、王の執務机から書簡を取り上げ、整理し始めた。
心持ち低い位置から、クククッとおかしげな笑い声が上がる。
「まあ、あいつも日頃 人一倍苦労しとるからな。このくらいの褒美があってしかるべきだろう」
「恐れながら、その苦労の一因は、ザフィル陛下にあるのではないかと愚考いたします」
「や、それを言われると痛いな」
痛くもかゆくもないという顔で、前王陛下は肩をすくめてみせた。彼は、さきほどピアニィが眠っていた長椅子に腰を下ろしている。彼女は先程リィヤードに抱きかかえられた状態で部屋を後にした。そのような次第で、現在執務室にいるのは、王佐と前王の二人だけだ。
「しかし、あいつが忙しいのは わしのせいばかりではなかろう? 経験者として言わせてもらえばな、あれは無駄に真面目すぎるんだ。わしのように適当にやっときゃいいものを」
王佐は作業の手を止めて、前王に向き直った。
「それでもザフィル様は、立派に政務を務めていらっしゃいました」
「約一名を除いて、皆優秀だったからな」
答えは実に迅速で、さも当然といったふうにさらりと告げられる。
前王は、曲げた膝に肘をのせ、頬杖をついた。
「この国にとっては、王なんて飾りみたいなものだろう。一定の資質など必要なものか」
ふん、と経験者は鼻を鳴らした。そんな前王を、王佐は静かに見据える。
「そう、言ってさし上げればよろしいでしょうに」
「駄目だ」
ザフィルが頬杖をやめ、王佐に視線を向けた。目が合う。
前代国王の眼差しは、思いのほか強かった。
「肝心なのは知ることではない。気付くことだ」
それだけ言うと、話は終わったとばかりに、前王は背もたれに深く寄りかかった。

しばし押し黙った後、シリスはぽつりと尋ねた。
「それも、経験者としてのお言葉ですか?」
前王は答えなかった。しかし、笑みをたたえた横顔が、暗に肯定を示していた。











   
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