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胸に秘めた決意



「兄様の・・・馬鹿」
一人残された執務室で、公爵令嬢はぽつりとつぶやいた。

最近の王の激務は半端ではない。
それでもリィヤードは、その忙しさに屈することなく挑むだろう。仕事が増えたことに、無用な責任を感じて。

ピアニィは知っている。
今、あの時と同じことが起こっているのだ。そして、あの時同様、彼はそれに気付かない。



 *****


リィヤードが王位に就いて間もない頃。
ピアニィは、彼の仕事場をのぞきに行ったことがある。
大好きな幼馴染の王様っぷりを見てみたい。そんな無邪気な好奇心を抱いて。
彼はどんな声で、大臣達に指示を出すのだろう。
政務に当たるとき、威厳ある顔つきをしているのだろうか。
そんなことをあれこれ想像しながら、わくわくする胸を抑えて、そっと廊下を奥へと進んだ。

王の執務室の前には、見知った顔が2つ。
ピアニィは、見つからないよう廊下の角に身を隠し、様子をうかがった。すぐ近くまで来ていたため、会話が聞き取れる。

「ああ、シリス殿、ちょうどよかった。陛下はおられるかな? 見ていただきたい書類があるんだが」
書類封筒を手にした初老の男性が、目の前の青年――シリスに話しかけている。 扉を背にしているところからして、どうやら彼は、たった今執務室から出てきたらしい。
「申し訳ありませんが、後ほどまたお願いいたします。バレ伯爵」
王佐は丁寧に断った。初老の男性――バレ外務大臣は、おや、と驚いたように目を丸くする。
「陛下はいらっしゃらないのかね? 今の時間帯なら、執務室で書類の処理をなさっているはずだが・・・」
「いえ、確かに陛下は在室されています。ですが、少々・・・お疲れのご様子で」
ひそめられた王佐の言葉から、その言わんとするところを察し、外務大臣は頷いた。
「では、この件は明日にいたしましょう。なに、急ぎというほどのものでもありませんから」
「お気遣い恐れ入ります」
シリスは深く頭を下げた。王を身内扱いするようなその態度に、バレ伯爵は吹き出した――笑い声をたてぬよう、口元を抑えて。
顔を上げた王佐が、ふと思いついたように提案した。
「もし差し支えないようでしたら、私が先に書類を確認いたしましょうか? あらかじめ関連資料など用意できるかもしれませんし」
「おお、それは助かりますな。是非お願いします」
外務大臣は、にっこりと了承の意を示した。
「では、場所を移しましょう」
王佐が促し、2人は連れ立ってその場を後にした。


通り過ぎる彼らを見やりながら、ピアニィは考えた。
会話の内容から察するに、どうやら王は休憩中らしい。本当は仕事をする様子を見たかったのだが、さすがに執務中に邪魔をするのはまずいだろう。その点、休憩中ならば問題はないはずだ。しかも今なら、四六時中付き従っている王佐にとがめられることもない。



2人の姿が見えなくなると、ピアニィはすばやく執務室にすべり込んだ。
できる限りそっと扉を開き、閉める。
音がたたなかったことに安堵し、ゆっくりノブから手を放すと、笑顔で室内を振り返った。
「兄様!」
しかし、期待していた笑顔は返ってこなかった。
リィヤードは執務机に腰掛けていたが、うつむいたまま顔も上げない。ピアニィはいぶかしげに、彼に近付いた。執務机の側まで来ると、あ、と声を上げそうになり、慌てて口をふさいだ。

リィヤードは、眠っていた。
右手は、ペンを握っているような不自然な形。左手は、机の上に添えられている。
そんな幼馴染を見て、ピアニィは初めて事情を知った。
リィヤードは、疲れている。
きっと、限界を超えるほどの責任を抱え込もうとして、周りに迷惑をかけまいとして。
先程廊下でのぞいた2人のやり取りが、頭の中で再生される。ひそめられた声、王佐の発言、バレ伯爵が笑い声を抑えた手―――
リィヤードが隠そうとしても、周りはちゃんと知っている。

でも。
でも、自分は知らなかった。
彼が何でもないふうに笑うから、気付けなかったのだ。そんなことは、言い訳にしかならないけれど。
ピアニィは、自分が子どもであることを感じ、悲しく思った。

だから、考えた。
そして、決めたのだ。



 *****


一人残された執務室で、公爵令嬢はそっと目を伏せた。

彼は、あの時同様、気付かない。自分がとんでもなく無理をしているということに。
でも、自分は違う。
もう、彼の笑顔にだまされたりしない。

彼が私を子どもだと思うなら、私はそれを利用する。
彼が優しく笑うなら、その優しさを利用する。

王佐にも大臣にも、誰にもできない方法で、彼の役に立つのだ。
彼が無理をしないよう、止めるのだ。駄々をこねて、困らせて、情に訴えて。



私は、彼のために、ちゃんと気付ける大人になる。
私は、彼のために、わがままを言う子どもになる。










   
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